監督生への贈り物に悩むアズールに巻き込まれてる双子の話
※4章までのネタバレあり※女監督生夢主
※アズールの好感度カンスト
「知ってたならもっと早く言ってくださいよ!!」
「え~、なんでオレが怒られなくちゃいけないの……」
アズールが怒り狂い、それにフロイドが反発しています。正直、めずらしい状況なのかといわれると……ミドルスクールにいたころはわりと日常的に見ていた光景でした。普段は良好な関係を築けているのですが、些細なことでお互い譲らないのです。とはいえ、今回の彼らのすれ違いは些細なこととはいいがたく、僕もさすがにあいだに入るタイミングをはかりかねていました。これはどうしたものでしょうか……。
ことの発端は、ウインターホリデーに向けたマーケティングに関する話をしていたときでした。ウインターホリデーにはクリスマスに年越しという一年で最大のイベントがあり、いわば稼ぎ時、大きなビジネスチャンスの時期です。我らが寮長アズール・アーシェングロットは根っからの商売人ですので、この機会を逃すわけがありませんでした。昨年はまだモストロ・ラウンジが開店したばかりで、飲食店経営のほうが大事な時期でしたから、そちらに注力しておりましたが、今年はきたるウインターホリデーに向けて、新たなビジネスの準備を着々と進めているところです。
具体的には、クリスマス及び年越しという特別なイベントに合わせ、お世話になった人に贈り物をしてはどうか、というご提案です。ウィンターホリデー期間に入る前までにお申し込みいただくと、年明けに大事な人のもとへ贈り物をお届けいたします。商品の手配から発送まで、もちろん当ラウンジで責任もって手続きさせていただきます。お届けするものはカタログから自由にお選びいただけます。贈り物を選ぶ楽しみ、届いた包みを開ける楽しみ。いかがでしょう、ちょっと心躍るような気がしませんか? もちろん、お申込みいただいた方にはポイントカードにもポイントをお付けしますよ。
当ラウンジといたしましても、お得意様にちょっとした贈り物を、と考え、そちらの準備も同時進行で進めています。僕も個人的に、内緒でアズールとフロイドに贈り物を用意するつもりです。彼らに隠しておくのは骨が折れるでしょうが、ふたりの驚く顔はぜひ見たい。
そしてアズールも、どうやら個人的にオンボロ寮の監督生さんへ贈り物を用意したいと考えているようで、ここ最近はそちらにもずいぶん頭を悩ませているようでした。たしかに、監督生さんにはいろいろとお世話になりましたし、気持ちは理解できます(僕自身はなにも贈りませんが)。ただ問題は、監督生さんに関する情報が乏しく、特に出身地が謎に包まれているため、なにが贈り物に適しているのか、我々では皆目見当がつかない状況なのです。ナイトレイブンカレッジに集まる生徒たちは、我々も含めさまざまな国からやってきています。それぞれの国によって風習やマナーも異なりますので、贈り物をする際には相手がどんな文化で育ってきたのか、気を遣うものです(監督生さんがそんなことを気にする方とも思えませんが、贈るからには喜んでほしいのが人魚心というものでしょう)。僕やフロイドもそれとなく情報を収集して回っているのですが、本当に誰ひとりとして監督生さんの出身地を知らない、というのは、いささか不可思議でした。
「んー、カニちゃんに聞いてみたんだけど、聞いたこともない国だったらしいよ。だからよく覚えてないんだってー」
カニちゃん、とはフロイドと同じバスケットボール部所属のエースくんのことです。監督生さんと行動をともにすることも多い彼であれば、と思ったのですが。当てが外れてしまったようですね。この分ではデュースくんも知らないとみていいでしょう。
「困りましたねえ」
「もー適当にブナンなのプレゼントしちゃいなよ~」
フロイドは完全に面倒になっている様子です。僕も「人から贈り物だなんて、気持ちだけでうれしいものですからね」と同意しておきました。面倒だからではないですよ、ええ。
「それではダメなんですよ……」アズールは低い声でつぶやきます。「気持ちなどという不確かなもの、僕は認めません」
「めんどくさ。そんなんアズールが思ってるだけじゃん」
「フロイド」
「むう…………飽きた」
フロイドは不機嫌そうな顔をして、部屋を出ていってしまいました。まあ、彼にしては辛抱したほうでしょうか。あのまま放っておいたら、さらにひどい発言が出てきたでしょうから。
アズールはアズールで、ひどい顔をしていました。本当に悩んでいるのでしょう。アズールは、利益をもたらすことがないものにあまり意味を見いだせないようです。ものを贈るのであれば、その人に利がなければならない。自分に利がなくても気持ちだけでうれしいなどということは、彼の理解からほど遠いのだと思います。難儀な人でした。
彼は努力の人です。他人との関係性において、自分にはそれしか武器がない、自覚なくそう思い込んでいる節があります。努力をして結果につながらなければ他人に認めてもらえないから、彼は努力しているのです。だから、監督生さんへの贈り物ひとつとっても、リサーチ不足で無難なものを贈るのでは足りない。これはある意味彼の矜持でした。矜持は強さですが、同時に弱みでもあります。矜持のよりどころが他人なのですから、彼のそれは諸刃の剣といえましょう。他人を信用しないくせに、他人を誰よりも意識している。しかも、アズールが贈り物をしたいと思うほどの他人、監督生さんが軸になっているのです。アズールの喉元にはきっと、自身の矜持という刃が見えているのでしょうね。
「監督生さんは休暇中ご実家へは戻らないそうですから、彼の学校での過ごし方に着目するのも選択肢のひとつではないですか?」
そう提案してみたものの、アズールから返事はありませんでした。
アズールはその後も相変わらず、贈り物の内容が決まらないようでした。それに呼応するように、フロイドもずっと機嫌が悪い。困ったものです。
「もー、最近アズールうざぁい」
「本人の前ですよフロイド」
そろそろ贈り物を決めないと、ウィンターホリデーに間に合わなくなってしまいます。一般生徒向けの申込み締め切りも近く、このあと我々は本格的に商品の注文や発送業務などに追われるでしょう。そうなるとじっくり吟味する暇もありません。本当は期末テストのときに確保したイソギンチャクたちにやらせる予定だったのが、すべて水の泡ならぬ砂の粒にされてしまいましたので、人的資源が限られているのです。あの計画は、本プロジェクトの労働力確保のための策でもありました。契約書が砂になったのは監督生さんのせいですが、その張本人への贈り物で頭を悩ませているわけですから、アズールは救いようがありません。ああ、いえ、失礼しました。つい本音が。僕もフロイドのことをとやかくいえませんね、ふふ。
アズールは大きなため息をつき、そして、地を這うような声で僕たちにこう言いました。
「ジェイド、フロイド。あなたたちの意見が聞きたい……」
「おや、めずらしいですね。一体どういう風の吹き回しですか?」
「散々オレたちのこと無視しといて、ちょーしよくなぁい?」
「こら、フロイド」
「だってさあ、ジェイドもそう思うっしょ~?」
「なに言ってるんですか? そんなわけないじゃないですか」
「うわ、絶対思ってるじゃん。一回鏡見てきたほうがいいよ」
「失礼ですねえ」
「う、うるさいですよふたりとも!」アズールが立ち上がりました。「悪かったですねこれまで!!」
アズールがここ最近穴が開くほど見ていた、ラウンジで用意した商品カタログ(付箋まみれ)がデスクに叩きつけられました。本人の勢いに反して、ばさ、と情けない音がします。アズールはしばらく肩で息をしていましたが、長い息を吐いたあと、眼鏡の位置を正してもう一度座りなおしました。
「しょうがないでしょう、もう僕には時間がないんですから」
いまさら気がついたんですね。それとも、気がつきながらずっと焦れていたんでしょうか。手のかかる幼なじみです。
「ジェイド、このあいだ言っていたでしょう。学校での過ごし方に着目してはどうかと」
「ああ、そういえばそんなことも言いましたね」
てっきり心ここにあらずだと思っていましたが、意外にもあのときの僕の発言を覚えていたようです。
「監督生さんはこの長期休暇をオンボロ寮で過ごすことになります。ですので、あの老朽化した建物に花を添える、インテリア系で攻めてみてはどうかと思っています」
「いいんじゃないでしょうか。あそこは何度か訪ねましたが、よくもまあ人が住んでいるなという印象でしたよ。床に穴があいているような部屋もありました」
「ゴーストいっぱいいてオレは楽しかったけどね~。一週間くらいなら泊まってもいいよ。それ以上はちょっとヤだけどー」
監督生さんたちが生活している空間はある程度マシでしたが、使われていない部屋はその名のとおりひどい有様でした。監督生さんは危険なので少しずつ修繕していると言っていましたが、そこそこ広いうえに寮生もひとりと一匹しかいませんので、かなり時間がかかるでしょう。あのグリムさんが積極的に手伝うとも思えませんし。
「しかし、あの人の趣味嗜好などなおさらわからない」
「そうですねぇ……」
装飾品のひとつでも身に着けていれば察しはつくのでしょうが、彼がそういったものを所持しているのは見たことがありませんでした。オンボロ寮にはほかの寮と違って寮服もありませんから、その寮独自のモチーフをあしらったものを、というわけにもいきません。廃墟モチーフになってしまいますからね。あまり気分のいいものとはいえないでしょう。
「意見を聴かせてくれませんか、ジェイド、フロイド」
これは難しい質問です。アズールはカタログに掲載された候補の品々を見せてくれましたが、どれも当たり障りのないシンプルなものが多く、監督生さんがどんな嗜好であろうと受け入れてもらえるようにという彼の気遣いがうかがえました。逆に言えば、どれでも変わりがないように思えます。これはもうアズールが好きなものを渡したほうが間違いがないのでは……。
答えあぐねていると、フロイドが「これさあ」と口を開きました。
「ぜんぜんかわいくないじゃん。小エビちゃん女の子なんだからさ~もっとカワイイの選ぼうよ」
「は?」
「え?」
僕とアズールは声を揃えてフロイドを見ました。フロイドは怪訝な顔で僕とアズールを交互に見ます。
「なに? オレ変なこと言った?」
「ふ、フロイド……?」アズールの手が震えていました。「変な冗談はやめてください」
ナイトレイブンカレッジは男子校です。ですので、もちろん女子生徒は入学できません。
「この学校に女子生徒はいません。わかっているでしょう」
「えぇ~? だって小エビちゃんちっこいし、ほっそいし、さわるとやわらかいよ~?」
「さわっ……!? な、ななななななに言ってるんですかフロイド!?」
「落ち着いてくださいアズール」
フロイドから見れば(まあ僕もそうなんですが)ほとんどの人間は小さくて細い。しかしさわるとやわらかいときましたか……。一体いつのことを言っているのでしょう。
「それに、こないだカニちゃんと抱き合ってたの見たよ~。オレ、あのふたりそういう仲なんだと思ってた」
「だ!? な、ななな……」
もはやアズールは言葉もろくに紡げない様子でした。
「だからさ、こういうのプレゼントしよーよ。ほら、これとか」
フロイドはそんなアズールを気にとめる様子もなく、カタログの女性向けページ(中にはご実家の母や女きょうだい、恋人に贈る生徒もいますので、用意してあるページです)を指しています。そこには花をあしらったテーブルランプや、壁掛け時計などが掲載されていました。僕もカタログを覗き込みます。
「フロイドの言うように女性だとしたらこういうものもアリかとは思いますが……」
「オレの言うこと疑ってんの?」
フロイドは心外だといわんばかりの顔でこちらを見ました。
「いえ、フロイドが言うならそうなのかもしれませんが、にわかには信じがたいですよ」
「ふーん、じゃあ確かめてこよっか? 小エビちゃんに直接聞けば教えてくれるでしょ」
「それはやめてください! そんなこと聞いたら変に思われるじゃないですか!?」
「あ、アズール復活した」
「たしかに、性別がどちらでも失礼ですね」
「それだけはだめだ!」
アズールは頭を抱えました。ここまでのリサーチ活動は、すべて監督生さんにわからないように行われています。アズールにはサプライズにもこだわりがあるのです。めんどくさい人でしょう?
「というか、そんな大事なことどうして黙ってたんですか!」
「ええ~? 聞かれなかったし」
「女性だと思っていたのなら、せめてオンボロ寮を追い出したときに言ってくださいよ! 仮に女性だったとしたら鬼畜の所業以外のなにものでもないでしょう!? 外に放り出したんですよ!?」
「あのときオンボロ寮取り上げて追い出せって言ったのアズールじゃん! なんでオレが怒られないといけないの」
「しかも……あああ、監督生さん、サバナクロー寮に転がり込んでましたよね?」
「そうでしたね。たしか、寮長の部屋に泊まったとか……」
「ああ、もうだめだ……」
アズール、あなたもしかして泣いているんですか……?
「あーもううざい! そんなに気になるなら直接聞けばいいじゃんか!」
「それは本当にやめてください……」
しばらく「あー」だの「うー」だの唸っていたアズールは、意を決したように立ち上がりました。
「……わかりました。フロイドの言うとおり、ここから選びます。貝殻の意匠をほどこしたものもありますし、これなら仮に男性だったとしても抵抗はないでしょう」
さりげなくオクタヴィネル寮をモチーフにしたものを贈ろうとしているあたり、意外とタフですね。表情は死んでいるので、無意識なのかもしれませんが。アズールは早速新たな色の付箋をべたべたと貼りはじめ、さらにカタログを分厚くするようです。ここまで決まれば、なんとかウインターホリデーに間に合うでしょう。やれやれ、手間のかかる人です。
フロイドは「はーい」と返事をしましたが、顔を見る限り明らかにしぶしぶといった感じで、まだ納得がいかない様子でした。
「ところで、先ほどのエース・トラッポラさんと監督生さんが抱き合っていたという話、詳しく聞かせてもらえますか?」
アズールが普段の調子を取り戻しはじめています。ああ、今度は監督生さんの性別に関するリサーチが待っているのでしょう。僕も興味がないといえば嘘になりますが、また難しい仕事になりそうです。
これは、来年の僕の仕事を楽にすると思ってがんばるしかありません。いまのうちに少しずつ情報を集めておけば、なにかのときに使えるかもしれませんしね。きっと、来年のこの時期にも同じことで右往左往するのは必定でしょうし。まあ、フロイドはいやがるかもしれませんが。なにしろ、彼は限りなく今を生きているタイプの人魚ですので。