ラギー・ブッチによる監督生保護活動記

※3章までのネタバレあり
※女監督生夢主

 オンボロ寮の監督生は女の子だ。
 男子校のナイトレイブンカレッジで、どうして女の子が授業を受けてるのかはよく知らない。興味ないし、どうせあんな弱小寮に接点なんかないし。学園長が特別にオンボロ寮なんて作って在籍させてるんだから、それ相応の事情があるんだろう。
 でも、男子校に女子がいるとやっぱり相当目立っていた。食堂で見かけたり、廊下ですれ違うとなんとなく目が追ってしまう。女子の制服がないから、オレたちと同じ男子の制服を着てるけど、男子の群れに紛れるには小柄すぎるし、ニオイだって女の子だ。あんなのが同じクラスにいたら落ち着かないだろう。スラム街でもおんなじような状況になったことあるからわかるけど、そんな余裕なんかないのに女の子がいるだけでその子には気を遣わなくちゃいけないような気がするし、そういうのってほんとにめんどくさい。ここはスラム街じゃないけど、同じクラスとかじゃなくてよかったなって思う。

 正直あんまりかかわりたくなかったんだけど、マジフト大会の一件をきっかけに、結局オンボロ寮の連中となんだかんだつるむようになってしまった。あいつらレオナさんにも怯まず突っかかってくるから、見ていておもしろくはあるけど、やっぱりちょっとあのニオイは落ち着かない。レオナさんやジャックくんは気にならないんだろうか。あのふたり、鈍感そうだしな。
 そういえばこのあいだ偶然見かけてびっくりしたんだけど、ハーツラビュルの一年生(エースくんって言ったっけ?)と監督生って、なんかちょっと距離感おかしいんだよね。廊下で急に抱きあってたりとかしててさ。もしかしてそういう仲? って、思わず三度見くらいした。一緒にいたレオナさんは驚くっていうか、引いてた。まあそうだろう、性格もそうだけどあの人腐っても王族だし、普段から人とスキンシップすることもあんまりないだろうから。つってもあの甥っ子はスキンシップ過多みたいだけどさ。あーあれは今思い出しても笑えるな。
 で、あんまりびっくりしたから、食堂でたまたま一緒になった監督生に「あれなんだったんスか?」って聞いてみたら、監督生は急に顔を赤くして「忘れてください!」と言った。ふーん? そういう顔するんだ。
「あんな衝撃的な場面、なかなか忘れらんないッスよ。そうだなあ……」ここでオレは考え込むような仕草をする。「デラックスメンチカツ食べたら、忘れられるかもしれないッスねえ」
「えぇ? どういう理屈ですか……」
「言ってみただけッスよ、シシシッ。やっぱオレ以外にも聞かれるんスか、これ」
「まあ、からかわれることは……。あれはわたしの自業自得なので、いいんです。そういうのは辛抱します」
「自業自得?」
「エースを少し、怒らせてしまったみたいで。いやがらせみたいなものなんですよ」
 監督生の顔はまだ赤い。自業自得っていっても、男にあんなことされて怒ってないのはちょっとどうかと思う。いやがらせで女の子抱きしめちゃうのもどうなんだ。問題行動ってやつじゃない? 監督生の周辺って、たまにおかしいときあるんだよな。それともスラム育ちのオレがおかしいのか。
「へえ~~~。じゃあアンタにいやがらせしようと思ったら抱きしめればいいんスね? いやぁいいこと聞いちゃったな~」
「ちょっとラギー先輩までやめてくださいよ!」
「遠慮しないでいいんスよ。情熱的に抱きしめてあげますからね~」
「ほんとに! いらないですから!」
 大げさに抱きしめるふりをすると、監督生は悲鳴みたいな声をあげてオレの腕をよける。小動物狩ってるみたいでちょっと気分がいい。そこにちょうどグリムくんとハーツラビュルの一年生コンビがやってきて、警戒心の強い小動物は助かったとばかりにその後ろにすばやく逃げ込んでしまった。いや、逃げ込んでるそれ、いやがらせで抱きしめてきた張本人なんだけどね。オレだけじゃなくてそいつにも警戒したほうがいいよ。あーあ、なんか興をそがれた。
「なにやってんの監督生、そんなとこに隠れて」
「なんでもない。いいから早くいこ、席なくなっちゃうよ」
「おい、急に押すなよ! 転ぶだろ!」
 監督生はオレのほうを気にしながらも、一年生くんの背をぐいぐい押して先に行ってしまった。去り際にオレのほうを振り向いて会釈したのがちょっとむかつく。中途半端に気を遣わないでほしい。なんでこんな、カリカリしてんだろ。獲物横取りされた気分なのかも。
「ふあぁ……」
 のんきにあくびをしながらレオナさんがやってきた。さっきまで授業サボって温室で寝てたのは知っている。お昼になったら腹減らして食堂にくると思って待っていたのだった。オレってなんてえらいんだろうね。


 監督生に対するオレのいたずら心はその後も堅調で、すれ違いざまにおどかしたり、からかって遊んだりするようになった。狩りごっこみたいなものだ。本気でやってるわけじゃない。監督生も近ごろはオレがじゃれているだけだと気がついているみたいで、前ほど警戒されなくなった。オレがいつ本気で牙を剥くかもわかんないのに、バカな小動物だ。レオナさんはオレの遊びに呆れているみたいだった。趣味が悪いと思われてるのかもしれない。
 ジャックくんが監督生を寮に連れ帰ってきたときは、柄にもなくちょっと動揺した。監督生がオクタヴィネル寮の寮長と変な契約を結んだことは知っていた(お優しいことだ。オレにはちょっと理解できない)。それの担保に自分たちの寮をとられていて、少なくとも今日から三日間宿無しになってしまうことも。でも、だからってそんな捨て猫みたいに拾ってくるジャックくんもジャックくんだし、ついてくる監督生も監督生だ。元の場所に戻してきなさい。
 百歩譲って学校で会うのはいいけど、寮はオレたちの生活空間だ。男だらけのそこに女の子がいるってのはちょっと、いや、あんまり、よくないんじゃないかと思う。身内に対してこんなこと言うのもアレだけど、ウチの寮生は気性が荒いのが多くて、なにが起こるかわからない。だから、レオナさんが監督生泊めるのを拒否したのには安心した。空き部屋は使えないし(あそこにはオレもいろいろ置いている)、だれでも出入りできる談話室や廊下で寝るなんてもってのほかだ。
 と、オレはここで思い至った。ウチでいちばん安全な場所ってもしかして、レオナさんの部屋なんじゃないかって。
 でっかいひとり部屋だからスペースには余裕がある。鍵もかかるし、寮長がいる部屋に変な目的で忍び込むアホはさすがにいないだろう。加えてレオナさんは監督生(というか他人)に興味がない。監督生に対する普段の態度から見ても、比較的安全なほうだろう。もちろん断言まではできないけど、レオナさんもオトナだし、ほかの寮生の部屋に放り込むよりはずっといい。オレの部屋がひとり部屋だったらよかったんだけどな。いや違う、しっかりしろ、なんにもよくない。あんなのが部屋にいたら落ち着いて眠れない。朝練に支障が出る。
 全力で拒否するレオナさんになんとか(マジフト大会での引け目も刺激しつつ)了承をとりつけ、ついでに三日間オレの雑用を減らすことに成功した。一石二鳥の完璧な作戦だ。レオナさんはマジフト大会の一件を経て本当に丸くなった。本当にレオナさんが丸くなったのか、そう見えるようにオレたちの意識が変わったのかはよくわからないけど、こうやって無理言ってもなんだかんだ聞いてくれることが増えたと思う。
 そういう風になるように自分で仕向けておいてなんだけど、本当にレオナさんの部屋で爆睡するんだから、監督生の度胸は並大抵じゃない。伊達に男子校で女子一人授業受けてないな、と思う。そんなだから、男に抱きしめられてもいやがらせて流せちゃうのかねえ。いつもレオナさんを起こすのは六時だけど、今日はちょっと(ほんとにちょっとだけ)心配だったから早めに様子を見にきたのに、なんだか拍子抜けだ。いやべつに、なにか起こってほしかったわけじゃないけどさ。あるじゃんそういうの。
 監督生が眠る布団のそばにしゃがんで、顔を覗き込んだ。穏やかな寝息をたてて眠っている。やっぱり女の子のニオイがした。
 ジャックくんに聞いた話によれば、ここに連れてこられる前は、ハーツラビュル一年生の四人部屋に放り込まれるところだったらしい。そう考えると、レオナさんの部屋で寝れるようにしてやったのって相当ファインプレーなんじゃないかと思う。だってその四人部屋ってどうせあのエースくんって一年がいるんでしょ。キケン極まりない。ぜひともオレに感謝してほしいね。いつでも狩れちゃうような警戒心のない小動物を、こうやってわざわざ保護してやってるんだからさ。アホ面をさらして寝ている小動物の鼻をつまんでやると、んぐぐとうなって抵抗するのがおもしろくて、起床時間になるまで遊んでいた。
 それにしても、ウチにしろハーツラビュルにしろ、女の子泊めるのに抵抗ないやつ多すぎないか。正直、これがいちばんスラム街とのカルチャーショックかもしれない。オレの負担を減らすためにも、監督生には警戒心というものを身に着けてもらわないと困るなあ。