金一封を差し上げます。 05


 由布院煙の雑学披露は、なんの前触れもなく突然始まる。「なあアツシ」から始まる言葉は、たいてい雑学だ。
「なあアツシ。NOMO消しゴムってあるだろ」
「うん」
 これはまた始まったな、と思いつつ、鬼怒川熱史はいつものように答えた。本当にどうでもいい雑学がほとんどなのだが、彼の雑学はどうしてか、だいたいその日から数日中に起きる出来事になにかしら関係してくるので聞いておいて損はない。聞かなくても大して損をするわけではないのだが、聞いてやらないとあとで面倒なふてくされ方をする可能性があり、強いていえばそのリスクが損に相当した。
「あれ、カバーに切り込みが入ってるの知ってるか?」
「え、そうなの?」
「角の部分に四つ切り込みが入ってるんだ。力を入れて字を消すと、カバーの角で負荷がかかって折れやすくなるから、角を切り取ることで負荷を分散して折れにくくしてるんだってよ」
「へえ」
「うわ、ほんとだ! 切り込み入ってる!」
 熱史が感心したような声を出すと、同じように蔵王立も感嘆の声を上げた。その手には使いかけのNOMO消しゴムがある。青と白と黒のラインが入った、誰もが目にしたことがあるだろうデザインで、真ん中の白のラインに「NOMO」というロゴが入っている。ちなみに、消しゴムのカバーの正式名称は「スリーブ」だ。
「リュウ、勝手に私の筆箱から出さないでください……」
 鳴子硫黄が呆れたように言ったが、立は「やっぱ実物見ないとな」とどこ吹く風だ。「まあ、百聞は一見に如かずといいますからね」と、硫黄も大して気にした様子はない。
「煙ちゃん、消しゴム変えてみたら? 何度も途中で折れて筆箱の中消しゴムの欠片だらけじゃない」
 高校に入学したときから一度も買い換えていない煙のペンケースを思い浮かべ、熱史は苦笑まじりに提案した。見かねた熱史が「これぜんぶ捨てていい?」ときくと、大した感慨もなく「おう」と返ってくるので、つまりただのものぐさである。
「いや、俺は小学生のときから使う消しゴムはこれと決めてるんだ」
 そのわりには消しゴムの種類に対する謎のこだわりを見せるのが、熱史には心底わからなかった。
「由布院先輩こだわり強いんすね。意外」立は着信で震えたスマートフォンに目を落とした。
「なに使ってるんすか?」
「だんけつくん消しゴムだ」
「うっわ、懐かしい。俺も小学生のころ使ってたな~。消しカス集めやすいんですよね」
「あんなバラバラになっちゃったら特定の消しゴムである意味もなさそうだけどね……」
「鬼怒川先輩は機能性重視っぽい」
「いまはHIKOSHI使ってるけどわりといろんなの使うかなあ。消しゴムなんてすぐ使い切るものじゃないけどさ」
 話を振られて、今度は自分のペンケースの中身を思い浮かべる。煙とは逆にこだわりがない熱史は、変わり種の消しゴムも購入するし、それで失敗することもよくある。立の機能性重視という言葉は、あまり自分には当てはまらない気がした。
「アツシと本屋に行くとしばらく文房具コーナーから動かないから気をつけろよ」
「ちょっと、失礼だなあ。煙ちゃんと一緒のときはなるべくはやく済ませるように気をつけてるんだよ」
「あれで気をつけてんのか? 一人で放置したら時間単位でうろうろしてそうだな」
「はは、イオと正反対っすね。イオははじめから買うもの決まってるから買い物めちゃめちゃはやくて、しかも基本大量買いなんすよ!」
「あまりにも想像がしやすすぎる」
「主婦かよ」
「NOMO消しゴムは十個入りを四百円台で購入できますからね。コンビニエンスストアで一つ買えば百円することを考えれば、おのずと選択肢は一つです」
「俺ついコンビニとか購買で買っちゃうんだよな~」
「リュウはいつも人から借りてるでしょう」
「授業のときはいいけどテストのときは困るじゃん? テストのたびに新しく買ってる。まあ買うときはいっつもNOMOなんだけど」
「当然ですね」硫黄はなぜか得意げだ。
「人の借りてるといろんな種類の消しゴム使うけど、やっぱ最終的にNOMOの安定感には負けるんだよなー。値段と消しやすさに加えてどこにでも売ってるし」
 硫黄がどんどんドヤ顔になっていく。煙が「カゲロウ鉛筆の回し者か?」とつぶやいた。
「NOMOシリーズを生み出した株式会社カゲロウ鉛筆は、最近受験生のために『NOMO』のロゴのないNOMO消しゴムを発売したんですよ」
 とうとうカゲロウ鉛筆の雑学披露を始めた硫黄に、立がスマホから顔を上げた。
「あー、受験のときって英字入った文房具とか持ち込みづらかったよな。わかるわ」
「自社の看板ブランドである『NOMO』のロゴを削れるなんて、他の企業にはまねできないと思いませんか?」
 煙が「あのデザインがロゴみたいなもんだろ」と、答えに近いことを口走ったが、硫黄には聞こえていないようだった。
「でもそれ別にカバーとって持ち込めばよくね?」
「た、たしかに……! リュウの言うとおりです!」
「俺も受験のときカバーとって持ち込んだなあ」
「カバーなんかすぐどっかいくだろ。買ってから一週間もったことない」
「それは煙ちゃんが特殊だよ」

 熱史がまた苦笑いを浮かべたとき、防衛部の部室の扉が開き、箱根有基がばたばたと入ってきた。その表情からは憤りのようなものが読み取れる。オノマトペを浮かべるとすれば、そう、「ぷんすか」に違いなかった。
「先輩ズきいてください! おれ今日消しゴム忘れちゃって!」
「おお、タイムリー」
「今日小テストがあるの忘れてて、それで、あわてて購買に行ったんす! そしたら、いつも使ってるやつが売ってなかったんすよ!」
「ほうほう」
「ユモトはなんの消しゴム使ってるの」
「練り消しっす!」
 結局小テストを消しゴムなしで受けて、点数が散々だったためつい先ほどまで補習をさせられていたらしい。
「練り消しかあ……予想外のような予想通りのような」
「納得感はありますけどね」
「そりゃ購買には売ってないだろうな」
「美術部の子がデッサンに使うって言ってるの聞いたことある」
 全員の消しゴム事情が判明したところで、各々のラブレスレットが怪人の出現を知らせたため、一旦雑談はお開きとなった。
「俺の予想だと、今回出るのは消しゴム怪人っすね」
 変身を終えたヴェスタが、カチューシャの具合を確かめながら言った。いくら見目を完璧に整えたとしても、バトルラヴァーズとウォンバットを除いたすべての生き物は、ヴェスタの首から上を視認することはできないのだが、それでも彼の気がすまないのだった。
「正直俺も消しゴム怪人だと思う」
「私もです」
「予定調和みたいなもんだよな」
 スカーレットを除いた全員がヴェスタに同調し、スカーレットはわけがわからないといった様子で「そういえばウォンさんは?」と尋ねたが、誰からも答えは返ってこなかった。

 果たして、消しゴム怪人はすぐに見つかった。場所は眉難高校購買部だ。
 眉難高校は学食が非常に充実しており、お弁当人口もそこそこあるため、購買部の品揃えは菓子パン類などのおやつと文房具に偏っている。小さいわりにはがんばっている方だ。硫黄は割高な購買部は絶対に利用しないが、立はここのメロンパンが好きらしく部室で食べていることがある。煙は無性にここのあんパンが食べたくなることがあるとかなんとか言っていた。
「おいおい、なんか知らんが消しゴムを食ってるぞ」
 セルリアンの言葉どおり、NOMO消しゴムを彷彿とさせるデザインの怪人が、購買部で販売されている消しゴムを根こそぎ口に放り込んでいた。もぐもぐと咀嚼したかと思うと、ご丁寧に嚥下のような仕草までして(怪人に歯や消化器官があるのかについては不明である。確かめる機会が今後やってくるとも思えない)、怪人はやっとバトルラヴァーズに目を向ける。左右で目の高さが違うのが不気味さというよりもアホさを醸し出していた。「NOMO派とは感心ですね」と、サルファーが果てしなくどうでもいい感想を述べた。
 消しゴム怪人がバトルラヴァーズになにか物申すことを予想していた五人だったが、予想に反して怪人は無言のまま背を向けてその場をあとにしてしまった。予想外の行動に全員が怪人の後ろ姿を見送る。
「えっ、なにこれはじめてのパターンじゃない?」
 ややあって、真っ先に我に返ったのはエピナールだった。もう怪人の姿は見えなくなっていた。
「せめてなんかしゃべってほしかったよな」
「目的意識の強い怪人だったんでしょうか」
「無視されるのは寂しいっす!」
「さすがにヒーローとしてどうなんすかね」
「みなさん、なにをしてるんですか! 怪人を追いかけないとだめでしょう!」
 顔色の悪い俵山先生に抱きかかえられたウォンバットが、こちらに向かって走りながら(実際走っているのは俵山先生だか)声を張り上げていた。本日未モフモフのスカーレットは、目をきらきらさせて「ウォンさん!」と駆け寄っていった。俵山先生は、ウォンバットが操る形で仮死状態のまま教師として活動し続けている。一応教師なので、こうして登場が遅れることもあるのだ。
 スカーレットのモフモフ攻撃をまともに食らったウォンバットは息も絶え絶えに、「はやく怪人を追いかけてください」と主張している。ウォンバットが離れてしまったため、俵山先生はさらに顔色を土気色に変えて廊下に横たわっていた。めちゃくちゃになった購買部の陳列棚、仮死状態で倒れている教師、そして顔にモザイクがかかった女児向け衣装の集団。
「地獄絵図か?」
 セルリアンが不自然に甲高く処理された声でつぶやいたが、スカーレットのはしゃいだ声でかき消されてしまった。まあ、いつものことだった。
 バトルラヴァーズが次に向かったのは、眉難高校からいちばん近いコンビニエンスストアだった。どうやら消しゴム怪人の目的は「消しゴムを食べること」というよりは、「新しく消しゴムを買わせない」ことにあるようだ、というのがエピナールの見解だ。単に消しゴムを食べることが目的なのであれば、学内で暴れる方が明らかに手っ取り早い。わざわざ購買部を襲い、こうして学外に出ているということは、おそらく狙っているのは新品の消しゴムである。
「あの怪人がこの辺り一帯で販売されている消しゴムを食べつくした場合、私の家にある在庫で商売ができるのでは……!?」サルファーがはっとした表情で言った。
「どんだけ在庫あるんだよ」
「まあ店頭で買えなくなっても通販サイトとかあるし、そんなにふるわないんじゃない?」
「俺ならイオから買うけどな~。通販ってめんどくさくないっすか?」
「この姿のときにはサルファーと呼んでください。特定されたらどうするんですか」
「ごめんって! 怒るなよ」
「先輩ズ! コンビニ見えてきたっすよ!」

 コンビニの陳列棚に並んでいた消しゴムは、バトルラヴァーズが突入したときにはすでに怪人に蹂躙されていた。残るは怪人の腕にとらわれた女子高生の手にある消しゴム一つのみ。手ごろにコンビニで消しゴムを調達しようとしたばかりに怪人にとらわれ、女児向け衣装のモザイク男五人組に助けられようとしている彼女には同情を禁じえなかった。同じことが自分の身に降りかったところを想像してみたが、完全に一生もののトラウマだ。スカーレットを除いた四人は同様の感想を抱いた。
 最初に怪人の腕にとらわれた女子高生の服装に目をとめたのはヴェスタだった。
「あっ!? あれ、もしかしてサマジョの制服じゃね!?」
 いままさに武器を構えて戦闘突入、という雰囲気だったが、再び雑談モードに切り替わる。
「さまじょ?」スカーレットは首をかしげている。「なんすかそれ」
「お前知らないの!? 狭間野女子高等学校、有名なお嬢様学校じゃん!」
「ヴェスタ、興奮しすぎ。スカーレット引いてる」
「この辺じゃ滅多に見かけないのになんでこんなところで消しゴム買ってるんだあの子」
「消しゴムが入用だったんでしょう。財産の多寡にかかわらず消耗品は必要になるものです」
「かっこよく助けたら口説けるんじゃね!? やばいテンション上がってきた!」
「お前そのモザイク処理された顔と声で口説くつもりなの」
「正気の沙汰じゃないですね」
「というか本人の目の前で言って大丈夫?」
「命の恩人ならそんなもんチャラなんで大丈夫っす!」
 清々しく言い切ったヴェスタが勢いよく飛び出していった。ヴェスタはどういう仕組みでステッキの先から出てくるのかわからない必殺技を連発するよりも物理的に殴る方が性にあっているようで、やる気さえあればすぐに間合いを詰めてとにかく殴る。こうなってしまうと他のメンバーは迂闊に必殺技を連発してヴェスタを巻き添えにするわけにもいかないので、同じく物理で殴りに行くか傍観するかの二択になりがちだ。よくヴェスタと一緒に飛び出していくサルファーはというと、今回はヴェスタの動機が動機だけに興が乗らないようだった。セルリアンとエピナールも、可能な限り恥ずかしい格好で恥ずかしい必殺技を叫んだりするような事態は避けたいのが本音(それに慣れを感じ始めているのも確かだったが、それはさておき)なので、傍観を決め込むことにしたらしい。
「先輩、がんばってくださいっす!」と、スカーレットだけが激励の声をあげていたが、ウォンバットはヴェスタのみが戦っているという状況が気に入らないようだ。
「それでも愛の王位継承者なんですか!」
 なんですかもなにも、当人たちはなったつもりもなければなりたいとすら思ったことはないのだった。