世界は交わらない

※4章までのネタバレあり
※ジャミル妹夢主がオーバーブロットする話

 部屋の中心で、妹は死んだように眠っている。
 粗末な寝台が置かれているのは妹の自室ではなく、離れに建てられた納屋の中だ。寝台の周囲には箱が大量に積まれていて狭苦しい。これでも一部は納屋の外に持ち出されたようだが、本当に寝台を置くためだけの最低限の措置といったふうに見えた。小さな窓から朝日が差し込んでいたが、部屋の中は薄暗い。明かりも持ってくるんだった、と少し後悔する。ここしばらく人が入ったことはなかったのだろう、空気は埃っぽく、とてもじゃないが体調不良者を寝かせるような場所ではなかった。しかし、バイパー家としては、妹の扱いはこうせざるを得なかったのである。
 妹がアジーム家の屋敷、もっといえばカリムの目の前でオーバーブロットを起こし、鎮圧されたのはつい昨日のことだった。大人たちが右往左往する様もさることながら、そのときのカリムの表情は本当に笑えた。一度ならず二度までも、目の前で従者がオーバーブロットしたのだから当たり前だ。しかも自分が原因で。妹はまがまがしい魔力をそこらじゅうにまき散らしながら叫んでいた。「その傲慢さが嫌い」と。無差別なように見えて的確にカリムを狙い撃つ魔法には骨が折れたが、なんとかカリムを無傷で守りとおし、妹を元の姿に戻すことに成功した。屋敷の一部は破壊され、大人にも怪我人が出ていた。俺も多少のかすり傷を負い、手当てを受けた。そのあいだに、妹はこの納屋へ連れてこられたようだった。これを聞いたとき、母は気が動転して口がきける様子ではなかったし、父は一見冷静そうに見えたが顔が青ざめていた。

 さて、気は進まないが俺の妹の話をしよう。不肖の妹とまではいわないが、凡人の域を出ない妹である。マンカラでは俺に勝てたためしがなく、カリムを相手にしても何度かは手加減関係なく普通に負ける。座学はそこそこできるが実技がいまいちだ。今も多少は喧嘩をするが、小さいころはしょっちゅう取っ組み合いだった。これも妹が勝ったことは一度もない。大して強くもないくせに負けん気だけがめっぽう強く、変な正義感もあるせいで妹は学校でもよく喧嘩をした。熱砂の国では、女は品位が命であり、淑女であることを強く求められる。妹はおよそ淑女とは対極に位置していたので、母はよく頭を抱えていた。今は多少猫をかぶることを覚えたのでだいぶましだが。妹に比べて素行も成績も優秀だった(両親の見ていないところでは人並みに悪ガキだったが)俺はよく褒められ、逆に妹はよく叱られた。妹は両親に叱られるたびに隠れてギャン泣きしていた。負けず嫌いの妹は、泣いているところを他人に見られるのも嫌いだったのだ。特に俺に見られるのは辛抱ならなかった様子である。まあギャン泣きしていたので大抵は隠れていてもすぐに見つかり、俺はそれを見て見ぬふりをすることで妹に気を遣っていた。その一方で、カリムは壁と家具の隙間に入り込んだ妹に「なんでそんなとこで泣いてるんだ?」と声をかけ、腕をつかんで引っ張り出す男だった。最初に見たときは、妹が怒り狂うのではないかと戦々恐々としたものだったが、妹はころっとカリムに懐いてしまった。なんだ結局構ってほしかったのか、と冷めた目で見ていたのをよく覚えている。素直に後ろをついてまわる妹のことをカリムも本当の妹のようにかわいがるようになった。あんなにたくさん妹がいるのに、なぜわざわざ俺の妹を構うようになったのかはわからない。小さいころの妹はよく「大きくなったらカリムさまとけっこんする!」と豪語したものだった。
 とはいえ、カリムはアジーム家の長男であり、妹はバイパー家の娘である。両親はカリムと妹の仲のよさをあまりよく思っていなかった。もちろん主人と仲が悪いのはもってのほかだが、仲がよすぎるのもまた問題だったんだろう。まして異性どうしならなおのこと。俺は両親が一度だけ、妹に対して「カリム様とは結婚できない」「好きになるとあなたが傷つくことになる」と言い聞かせているところに出くわしたことがある。両親は俺の前で妹を叱ったり諭したりすることを避けていた様子だったから、きっとあのとき以外にもたくさん妹に言って聞かせていたに違いない。ある時期から妹は「カリム様と結婚したい」などとは口にしなくなり、かわりに「好きとかじゃないもん」と言うようになった。俺の目から見てもそれはただのポーズでしかなかったし、カリムに「えっ、オレのこと嫌いになっちゃったのか……?」と言われると「好き!」と即答していた。それでも年を重ねると両親の言葉の意味もわかるようになり、好きとも言わなくなったし、カリムに進んで近づくこともほとんどなくなった(まあ結局カリムから近づいていくのでその努力は無意味だったが)。カリム様が最優先、カリム様はいつでも正しい、わたしはカリム様に許されているんだから、そうやすやすと触れてはいけない。裏返しのようにそんなことを言った。俺はカリムのことが嫌いだったから、妹の気持ちはこれっぽっちも理解できなかったが、多少の同情は抱いていた。妹も同様に俺のことをそういう目で見ていたと思う。俺たちはカリムに対して真逆の感情を抱きながら、根っこの部分は同じだった。カリムがアジーム家の人間でなければ、自分がバイパー家の人間でなければ。幼稚なタラレバばかりが思い浮かぶ。俺たちは正真正銘、子どもだったからである。

 納屋の窓を開けると、ぬるい風が少しだけ吹き込んだ。建付けが悪く、ガタガタと音が鳴ったせいか、妹はうっすらと目を開けた。まだ化粧が残っていて気がつかなかったが、よく見るとずいぶん顔色が悪い。目じりの紅には泣いたあとがある。この歳になっても妹はよく泣いた。俺が見ていても気にしなくなったが、逆にカリムに知られるのをいやがるようになった。
「気分はどうだ」
 分かりきったことを尋ねる。妹からの返答は「さいあく」だった。そうだろうとも。俺もそうだった。
「カリム様、は」
「怪我はしてない。無傷だ」
 妹はほっとしたように目を閉じた。この期に及んで真っ先に心配するのはカリムのことなのだから、救いようがない。
「胃にものは入りそうか? とりあえずスープを持ってきた」
「うん……」
「食べられそうにないなら具は残していい」
 妹は起き上がってスープの皿を受け取った。乱雑に置かれた箱を動かして、それに腰掛ける。化粧したままだと気持ち悪いだろうと思って持ってきたオイルと、水を張った桶、タオルも置いておく。「食べたら化粧を落とせ」と言うと、妹は小さい声で礼を言った。昨夜は両親に止められていて、ここにくることは叶わなかった。オーバーブロットしたあとは体がひどく疲弊するから、なにか口にしないと本当に死んでしまう。両親に頼み込んで、短時間ではあるがここの滞在を許された。俺でこれなのだから、おそらくカリムに会うことはしばらくのあいだ許されないだろう。
「いいから、ゆっくり食べろ」
 妹がスープを口に運ぶ。その表情からは喜怒哀楽すべてが抜け落ちているように見えた。すぐに泣きだすんじゃないかと思っていたが、そうでもないようだ。
 カリムから、妹の様子を見にいってやってほしい、と言われていた。正直、家族なんだからわざわざお前に言われなくても見に行くわ、と思って、そのまま口に出した。カリムははっとした顔をして、「そう、そうだよな」と眉を下げた。我ながら意地の悪い言葉だなと思ったが、結局こういう些細な積み重ねが原因になるのだ。なんでもないことが降り積もり、またなんでもないことが引き金となって簡単にそれを呼び起こしてしまう。

 妹の引き金は、カリムの「好きでいればいいだろ?」という一言だった。カリムが三年生に進級し、そろそろ嫁を、という話を大人たちがしはじめるようになったとき、妹は少なくとも俺の目から見れば、冷静に過ごしていたように思う。カリムがアジーム家の長男である以上、こういう事態は避けては通れない。いつかこの日を迎えることを、両親の言葉を理解したあの日から、妹はずっと覚悟していただろう。だから俺は安心していたのだ。まだそのときは。
「そういえば、小さいころはオレと結婚するんだって言ってたよな。懐かしい」
 あるとき、昔話をするようにカリムがそう言った。隣で妹が息をのんだ音が聞こえ、これはあとで荒れるだろうなと考える。実際カリムにとっては昔話に違いなかったのだが、相変わらず人の地雷を踏むのがうまい。妹はすぐに「昔の話ですよ」と切り返す。その顔は笑っていた。地雷を踏まれた人間の顔とはとても思えない。
「わたしがカリム様と結婚するだなんて、恐れ多いことです」
 バイパー家の人間たるもの、主人の前ではその身分をわきまえなければならない。主人と一緒になるなどと、夢に見ることさえおこがましい。
「従者が主人を好きになるなんて、あってはいけないでしょう」
 妹の精一杯の強がりに対して、カリムが放った言葉は「なんでだ?」だった。
「好きになっちゃいけないなんてオレは思ってないぜ。人から好かれてイヤなやつなんていないだろ?」
 カリムは心底意味がわからないという顔をしていた。さらにカリムの言葉は続く。
「もしかして、ずっとそんなふうに思ってたのか? 主人だとか従者だとか、そんなことで遠慮する必要なんかひとつもないのに。好きでいればいいだろ? オレも、お前に好かれてたらうれしいよ」
 あらゆる意味でカリムらしい言葉に反吐が出そうだった。俺は本当にカリムのこういうところが嫌いで、妹はカリムのこういうところが好きだという。いや妹の言葉を借りるのであれば好きではないのだが、便宜上そういう表現を使わせてもらおう。妹の趣味はまったくもって理解ができない。カリムのこういう無神経さに救われた過去はたしかにあっただろう。百歩譲ってそれは認めるとしても、これを機に冷静になって考えてみてほしいものだ。
 カリムが見ている世界と、俺たちが見ている世界はもちろん違う。隣に立っていても、俺たちの目の前には異なる世界が広がっていて、お互いが見ている景色は決して見ることはできない。だから、俺たちは従者として、それを理解してカリムと接する必要がある。自分のあるじが一体なにを見て、なにを感じているのか。それを察してやらなくちゃいけない。でも逆はどうだ。なにも知らない、知るつもりもないカリムの態度に腹が立ってしまうのは、そんなに悪いことだろうか。これに対し妹は「カリム様はそんなことなんか気にする必要ないよ。人の上に立つお人なんだから」と言う。冷静さを欠くどころかもはや狂っている。妹なりの自己防衛の手段であることもわかってはいるが、これを聞くと毎回げんなりしてしまうのだった。
 そっと妹の顔を盗み見ると、もう笑っていなかった。「どうして、そんなことを言うんですか」妹の声が震えている。
「どうして、わたしが好きになることを許そうとするんですか。わたしを好きになるつもりなんか、これっぽっちもないくせに。なんで、なんで」
 どうして、の声が重なるたびに、妹から強い魔力が放出されるのを感じ、肌がひりついた。この感覚には覚えがある。俺はとっさにカリムと妹のあいだに入った。カリムの体を押して妹から距離をとるよう促す。妹は手のひらで自らの口を押さえた。「これ以上はいけない」と言っているようにも見えた。それでも妹の口からは言葉が止まらない。
「こんなもの、なかったことにしてくれればいいのに。なかったことにしたいのに。許されたら甘えてしまう。あなたの許しに甘えても、その先にはなんにもないのに。どうして、どうしてこのまま諦めさせてくれないの!」
 妹の腕輪にあしらわれた魔法石の、地平線に沈む夕日のような赤がみるみるうちに黒く濁っていく。カリムも事態を察したらしく、妹の名前を呼んだ。妹がその声に呼応するようにこちらを見る。見開かれた目から、涙が頬を流れていった。どす黒く濃い魔力が、妹の足元からあふれて妹を包み込んだ。部屋の中の空気も様子が変わっていく。
 オーバーブロットした妹は、こちらの言葉がまったく伝わらなかった。妹は俺がなにを言おうと、「嫌い」と「好き」を繰り返した。「あなたのその傲慢さが嫌い」と言ったその口で、「なんのしがらみもなく笑うあなたが好き」と言う。あとから思えば、肉親の恋愛感情の吐露など聞くに堪えなかったが、そのときは妹をなんとかしようと必死だったので気にならなかった。カリムが話しかけるとカリム目掛けて魔法が飛んでくるので、「もうお前はしゃべるな」と言うと、カリムは「でも」と食い下がった。早速飛んできた攻撃を弾きながら「いい加減理解しろ、そういうところだぞ!」と怒鳴って、カリムはようやく黙った。お前が怪我でもしたら、正気に戻った妹がなにを言うか。慰める俺の身にもなってみてほしい。
 異変を察知した大人たちが加勢に入ってくれたのは助かった。さすがに俺とカリムだけでは事態を収拾するのは難しかっただろう。あの状態のカリムでは、妹相手にまともな攻撃もできなかったに違いない。元の姿に戻って床に崩れ落ちた妹に、カリムはすぐ駆け寄ろうとしたが、周囲の大人たちがそれを許さなかった。カリムはすぐに別の部屋に移動させられて、怪我をした俺は手当てを受けた。カリムが待機している部屋に戻ると、部屋の入口には護衛役がふたり立っていた。
 カリムの顔はひどく憔悴していた。俺がオーバーブロットしたときもこんな顔をしていたな、と思う。あのときはこの顔にもとにかく腹が立ったが、こうして見ると多少同情の気持ちがわかないでもなかった。カリムに妹の行方を尋ねられ、わからないと首を横に振る。屋敷の中にいるのか、もう家に連れ戻されたのか。カリムはなにかもの言いたげな顔をしていたが、結局妹の様子を見てきてほしいということしか言わなかった。

 妹は無言でスープを完食し、のろのろと化粧を落とした。少し顔色がよくなったように見える。横になるよう促すとそのとおり従った。お前が素直だと気味が悪いな、と言うと少しだけ笑った。「カリム様、落ち込んでた?」と、妹に尋ねられて、嘘をつく理由もないので同意する。
「昨日のカリムの顔は実に傑作だったな」
「やめてよ」
 妹は恨みがましそうな目で俺を見た。はあ、とため息をつき、俺から顔をそむけるように寝返りをうつ。あーあ、と妹は子どもっぽい声音で言った。
「言っちゃった。好きも嫌いもぜーんぶ」
「言ってたな」
「でも、ちょっとすっきりしたかも。兄貴もそうだったの?」
「まあ、そうだったかもしれない」
 オーバーブロットしたときの気分はいまでもよく覚えている。あまりに感情が高ぶっていると、人はすべてがどうでもよくなってしまうらしい。人としての損得勘定をすべて投げ打って、自分の感情にのみ従って行動する。有り体にいってしまえば、あのときの俺はめちゃくちゃ気分がよかった。妹もきっとそうだったんだろう。いままでひた隠しにして生きてきたカリムに対する感情すべてを出し切った今、一周回っておだやかな気持ちでいるのかもしれなかった。
「カリム様に、それでもあなたは悪くないですよって伝えておいてよ」
「いやだ。なんで俺が」
「だってわたし、絶対会わせてもらえないし」
 それは妹の言うとおりだった。次のホリデーに会えればいいほうだ。このままホリデーが終わったら、俺とカリムは妹を残してナイトレイブンカレッジに戻る。そのあいだに妹の処遇も決まるだろう。結果的にカリムは無傷だったし、そこまで悪いことにはならないと思いたいが、まず俺に続いて二度目だというのがどう働くのかがわからない。逆に今回の件が俺に波及する可能性も十分にあると思う。まあ、今考えてもしかたのないことだが。
「次くるときに紙とペンを持ってきてやるから、手紙でも書け。スマホは取り上げられてるんだろう。運ぶくらいのことはしてやる」
「わたし字汚いから兄貴が書いてよ。わたしが言ったことぜんぶ書き写して」
「正気か?」
 たとえ妹の代筆だとしても、カリム様などとは死んでも書きたくなかった。しかもどうせカリム様は間違ってないとか悪くないとか書かせるつもりだろう。絶対にやりたくない。断固として拒否する。妹は俺の返答を聞いて、笑いをこらえるように息をもらしながら、「うそうそ、ちゃんとわたしが書くよ」と言った。
 そろそろ戻らないといけない時間だった。空になったスープの皿や水桶、タオルなどを回収して立ち上がる。またくる、と言い残して部屋を出ようとすると、うしろから服を引っ張られる感覚がした。妹に引きとめられている。振り返らずにどうしたと尋ねた。振り返ったら絶対泣いていると確信したからだ。この期に及んでなぜまだ泣くのか? 情緒不安定か? と思うが、今日ばかりはそう無下にもできない。こうも弱々しいと調子が狂う。
「兄貴、わたしのせいでけがさせてごめんね」
「気にするな。かすり傷だし、あれはカリムが悪い」
「カリム様はあれでいいんだよ」妹は即答した。「たとえわたしを好きになる気がなくても、好きになることを許してくれるだけで十分だもの。それで満足できないのはわたしが浅はかで従者の自覚が足りないから。いちばん悪いのは、勝手に期待して勝手に傷ついたわたしだよ」
 妹のそれは、カリムは傲慢でいてしかるべき、と言ったのと同義だった。カリムは傲慢でいるのが最も正しい振る舞いなのだと。もはや悪口なのではないかとすら思う。カリムはたしかに傲慢な男だが、俺は傲慢であることそれ自体が悪いとは思っていない。悪いのは許すという行為の傲慢さに気がつかない、いや、そもそも自身が許すという行為をしていることにさえ気がつかないその能天気さである。基本あれには自覚がない。自分の立場が俺たちに与える影響だとか、そういうものが一切見えていないから、こういう不均衡が起こる。カリムは俺たちの世界を知る必要があるはずだ。理解できなくともかまわない。どうせ俺たちにもカリムの世界は理解できないのだからそれはいい。ただ、違う世界が、俺たちの世界があることを知っていてほしい。人の上に立つ者の正しい姿とは、そういうものではないかと思うのだ。妹が言っていることは、カリムもろとも不均衡を肯定するということにほかならない。この不均衡はこれから先もずっと俺たちのあいだに横たわり、不幸を生み出し続けるだろう。しかもそれは俺たちとカリムだけの問題ではなく、カリムが今後かかわっていくすべての人間とのあいだにも同じように発生し得る問題だ。この不均衡を肯定することは、俺たちのためにもならなければ、きっとカリムのためにもならない。これを認めるのは非常に癪だが、カリムは決して傲慢なだけの男ではないからである。
 昨日妹が言った「なんのしがらみもなく笑うあなたが好き」という言葉を思い出す。そんなもの、裏で自分が泣いていたらなんの意味もないのに。俺は妹の泣き顔が大嫌いだ。俺たちの不均衡の象徴のように見えるから。

 納屋を出て両親に妹の様子を報告した。カリムにも伝えていいかを尋ねると、あっさり許可が出た。そもそも妹に食事を運ぶことも、カリムにやれと言われたのだと言って許可を得たのだから当たり前だが。使えるものは主人でも使うべきである。嘘は言っていないからまあいいだろう。
 存外元気そうだった、とカリムに伝えると、カリムは長い長い安堵の息を吐いた。緊張の糸が切れ、肩の力が抜けていく。
「魔力を大きく消耗しただけで、大した怪我もない。食欲もある。今日一日療養すればだいぶ違うだろう」
「よかった……」
 妹が納屋の粗末な寝台に寝かされていたことについてカリムが憤慨したので、今夜くらいには妹を自室に移動させられそうだった。その調子でどんどん妹の待遇を改善してほしい。
「なにか伝言はあるか」
「えっ」
「あればでいいが」
 カリムはちょっと待ってくれと言ってしばらくうんうん唸って考えていたが、最終的に「無事でよかったって言っといてくれ」と言った。ずいぶん控えめなことだなと思ったら、あとのことは直接会って言うよ、と付け加えた。
「もうオレには会いたくもないかもしれないけどさ」
 そんなわけがあるか、と食い気味に否定しそうになった。こいつは一体妹のなにを聞いてたんだ。しかし俺が否定するのも変な話なので黙った。俺が口を出す必要はない。カリムはいまだに俺と友達になりたいなどと抜かす男だ。口ではこのように殊勝なことを言っていても、結局相手が会いたくないと思っていようがなんだろうが自分が直接会いたいと思ったら会うし、言いたいことがあれば言うのである。俺だったら心底むかつくが、対妹においてはこれが正解であることも重々わかっていた。何年あれの兄をやってきたと思っている。そんなもの、顔を見ればすぐにわかることだった。
 妹が書いた手紙を持ってきたら、カリムは一体どんな顔をするだろうか。返事を書こうとするだろうか。その姿はなんとなく想像がつく。そこから文通でもはじまったら大声で笑ってしまいそうだ。いや、運ぶのはおそらく俺なので笑いごとではないが。ホリデーが終わってから、俺の観測外で勝手にやってくれ。
「ジャミル、なんで笑ってるんだ?」
「笑ってない」
 お前の目は本当に節穴だな、カリム!