あなたは絶対に悪くない
※4章までのネタバレあり※ジャミル妹夢主
カリム様も兄貴も、このウインターホリデーには帰ってこないらしい。その知らせを聞いたわたしは「ええ~~~!?」と大声を上げ、はしたないと母様に叱られた。百歩譲らんでも兄貴はどうでもいいが、カリム様が帰ってこないのは困る。わたしが寂しいからだ。わたしがそう思っているのを察してだろうか、母様は「あなたは昔からそう」と前置き、わたしがいかにカリム様に対し失礼であるかを説きはじめた。最終的には汝カリム様の寛容さに深く感謝すべしという結びで終わるこのお説教は、幼少のみぎりから耳にたこができるんじゃないかと思うほど繰り返し行われてきたものである。そんなん言われんでも分かっとるわいというのが正直なところだが、わたしは従順に「はい、お母様」と答えた。逆らったところで益はなかったし、母様の言うことはもっともだったからだ。
そう、カリム様は寛容で優しい。わたしはカリム様に許されている。カリム様が決めたことであれば、たとえわたしの意に添わなくとも尊重しなくてはならない。
カリム様が所属する寮が、マジフト大会でも期末テストでも結果を残すことができなくて、だからホリデーはみんなで学校に残って特訓をするのだそうだ。スカラビア寮の寮生、恨むぞマジで(とはいえ寮長のカリム様が言い出した以上寮生に否やはないだろうし、全員実家に帰れないともなれば多少同情はする)。兄貴がついていながらなぜこんなことになってしまったのか。そういえばマジフト大会前に怪我をしたとか言っていたっけか。ああ、勉強もスポーツも、趣味のダンスだってほかの誰にも引けを取らない優秀なお兄様! しかし肝心なところで役に立たないのでは意味がない。
「カリム様が帰ってこないなんて寂しい! 帰ってきてください!」などと馬鹿正直に伝えてはカリム様がそのお優しい心を痛めてしまうため、殊勝な気持ちで「お会いできないのは寂しいですが、さらに成長したカリム様のお姿を拝見できるかと思うと、次のホリデーがさらに楽しみになりました」というような内容のメッセージをしたためた(実際はかなり長文だった。これに対するカリム様の返信は三行)。かわりに兄貴に「カリム様帰ってきてください」と送ったところ「宛先間違ってる」と返信がきた。知っとるわ。
兄貴とわたしは、アジーム家に代々お仕えしてきたバイパー家に生まれたふたり兄妹である。なにより優先すべきはアジーム家の長男カリム様、自分や自分の大切なものは二の次という教育を徹底的に受けて育ってきた。これまで受けた教育はすべてアジーム家、カリム様のため。我々はカリム様のために教養を身につけ、魔法の技術を磨き、カリム様がそばに置くにふさわしい従者となるのだ。
兄貴は幼い頃からなにをさせても優秀で、魔法だけではなく身の回りのお世話だってそつなくこなした。カリム様ともども名門ナイトレイブンカレッジの生徒として選ばれたときには、カリム様をして「ジャミルがいれば安心だな!」と言わしめ、わたしを嫉妬の渦に突き落としたのは記憶に新しい。ナイトレイブンカレッジは男子校だから、わたしはそもそも入学できないのに! 悔しくて泣いたし今も思い出すと涙が出そうだ。
そんな優秀な兄がいる一方、わたしはといえば、能力は人並みの域を出ず、比較対象が兄貴だったこともあり、両親の呆れ顔も見慣れたものだった。カリム様もわたしのことは手のかかる妹くらいに思っている節があり(カリム様のお身内に加えていただいているかと思うとその響きだけで強くなれる気がしたが残念ながら気がするだけである)、仮になにがしかの奇跡が起こりわたしがナイトレイブンカレッジに入学することになったとて、「俺が面倒見てやらないとな」と言われるのが関の山であろう。わたしはうれしいが、バイパー家の人間としては落第である。立場が完全に逆だ。
ともすれば両親から見放され兄貴と比較されることにうんざりし、年がら年中くさくさした人間に育ってしかるべきだったわたしを救ったのは、誰あろうカリム様であった。カリム様は兄貴だけではなく、わたしにもとても優しくしてくださった。わたしが魔法に失敗すれば一緒に練習しようと言い、ドジを踏めば次があると笑い飛ばし、両親に叱られているのを見かければ遊びに誘う。あの人はそういう人だった。両親もカリム様の目の前では強く叱ることも難しかったようで、カリム様のおかげでわたしは何度難を逃れたかわからない。カリム様に手を引かれ、わたしはいろんな場所に連れていってもらった。お屋敷の薄暗い倉庫とか、小さなオアシスのような景観のお庭とか、誰も人がこないからかくれんぼに最適な、でもちょっと埃っぽい空き部屋とか。にぎやかな市場に連れていってもらったこともあった。はじめて魔法の絨毯に乗せてもらったときのことは忘れられない。幼いわたしが想像していたよりも、空が、世界がずっと大きいことを知った。限界なんて、果てなんてどこにもないのだと。世界はこんなに大きいのに、カリム様の横顔を覗き見たその瞬間だけは、この世界にわたしとカリム様のふたりだけになったような、そんな気がしたものだった。まあそのとき兄貴も一緒に乗ってたんだけどさ。兄貴は壁みたいなもんだからノーカンよ、ノーカン。兄貴はカリム様のことをよく思ってないから、わたしがカリム様の相手をしている間はほとんどしゃべらない。わたしはカリム様をひとりじめできて、兄貴はカリム様としゃべらないで済む。我々はWin-Winの関係なのだ。ちなみにだが、勝手に魔法の絨毯に乗ったとしてわたしと兄貴はこのあとしこたま怒られた。しばらく兄貴の機嫌が悪くて大変だったなあのときは。
兄貴にメッセージを送る。カリム様にはそんなにしつこく連絡をとれないから兄貴に送るしかない。母様にしつこく叩き込まれた、バイパー家の人間としての最低限の節度だった。まあ、カリム様を目の前にすると、そんな節度吹っ飛んでしまうんだけれども。「ほんとに特訓で帰ってこないの?」「そうだ」「一日も?」「次のホリデーまで帰らない」「ほんとのほんとに、カリム様がそう決めたの?」「カリムだって悔しいことくらいあるだろう。察してやれ」超あやしい! 兄貴がカリム様のことを察してやれ、だって! そんなこと、今まで一度だって言ったことがないくせに。むかむかして怒った絵文字を送ったら、「カリムに伝えておいてやろう」と返ってきたので即謝った。実際やらないとは思うけれど。
ついこのあいだまでカリム様と「お会いできるのが楽しみです」「お土産買っていってやるからな!」などとやりとりしてウキウキしていたのに、気分の落差が激しすぎて体調が悪くなりそう。本当に、カリム様に会えるのが楽しみだったのだ。カリム様のお話も聞きたかったし、カリム様にわたしの話も聞いてほしかったし、行きたいところもたくさんあった。今回はどれもできないので、新品のノートをおろして「次のホリデーにカリム様とやりたいことリスト」を作ることにした。少しでもウキウキ気分を取り戻そう。スマホがメッセージの着信を告げた。兄貴からだ。「次のホリデーにほしいものがあれば今のうちに聞いておいてやる」とのことである。もはやことここに及んではカリム様以外にほしいものなどないのだが、せっかくなのでバカ高い有名店のお菓子を要求した。なんだかんだ聞いてくれるのでたぶん買ってきてくれると思う。これまでホリデーで帰省した兄貴はといえば、カリム様への文句をわたしにぶちまけ、さらにはボードゲームやスポーツなど、ありとあらゆる手段でわたしをぶちのめして鬱憤を晴らしてきた。その仕打ちを考えれば、このくらいのわがままは許されてしかるべきである。
たまにしか会えないというのは本当につらい。カリム様と兄貴がナイトレイブンカレッジに入学してからはじめてのホリデーを迎えるというときは、それはもううれしかった。カリム様に少しでも好ましく思ってほしくて、どんな服を着ようかとかどんな化粧をしようかとか、いろいろ考えて兄貴にも「どれがいいと思う!?」と写真をあれこれ送っていたが返信はだいたい「どうでもいい」だった。そのくせちょっと露出多めの服を提示すると「それは絶対にだめだ」と言い出して聞かないのでめんどくさい。まあこれに関しては、わたしもちょっとないかなと思っていたのでいいんだけど。あんまりふさわしくない格好をしていると父様と母様にも叱られるし。
結局いつもとそう変わらないいでたちでカリム様を出迎えたけれど、カリム様は「ちょっと身長伸びたか? 髪も伸びたな! やっぱり顔が見れるとうれしいな」と言ってくれて泣くかと思った。ホリデー中は宴もたくさんして、まあ準備するのは大変だったけど、カリム様と歌って踊って、たのしい日を過ごした。たのしければたのしいほど、次のお別れが悲しくなり、二人が出発する前日の夜は涙が止まらなかった。たぶん廊下にまで聞こえてたんだろう、「明日早いのに寝られない」と文句を言いに兄貴が部屋にやってきてそのまま喧嘩になり、「いいから早く寝ろ!」と寝台に投げられた。兄貴と一緒に寝たのはエレメンタリースクールに通っていたころ以来だった。もうこいつは寝台に押さえつけておかないとらちがあかないと思ったのかもしれない。どうやら明け方過ぎに抜け出していたようで、わたしが起きたときには兄貴は部屋にいなかった。
わたしがさんざっぱら文句を言ったせいか、兄貴から今日はなにをするだとかなにをしただとか、特訓に関する報告メッセージがくるのがちょっと笑えた。特訓は順調に進んでいるみたいだった。特訓というわりには穏やかなスケジューリングの様子で、まあ特訓とはいえホリデーだし、言い出したのも(兄貴曰く)カリム様だからそりゃあそうなるだろう。寮生を実家に帰さないというのはいささかカリム様らしくないとは思うが、まあ、これは兄貴の言葉を信じるほかあるまい。兄貴はカリム様の底抜けに明るい性格が心底癪に障るようだったが、なんだかんだ言っても兄貴だってバイパー家の人間である。そういうものだと教えられてきたし、仕事は仕事と割り切っている。代わりに裏でストレスのはけ口になっているのはわたしなのだが、まわりまわってそれがカリム様のためになるならば喜んでこの身を兄貴に捧げようと思える。これはわたしがカリム様の命を守っているといっても過言ではない。いや過言だが。
雲行きが怪しくなってきたのはホリデーに突入して数日が経過したころであった。兄貴から返事がまったく返ってこなくなった。それどころかわたしのメッセージを読んだ形跡すらない。これはめずらしいことだった。いかに忙しい学生生活を送ろうと、わたしがどんなにくだらない内容のメッセージを送ろうと、兄貴はその日のうちに返事をよこす男だ(最悪「あ」とかの一文字だけのこともあったが、あとから聞いたらカリム様による〝連続で何日宴できるかなチャレンジ〟の四日目だったらしく、そのときはさすがにくだらんメッセージを送ったことを謝った)。なんだかいやな気持ちになって、申し訳ないがカリム様にメッセージを送った。「兄様は元気ですか?」逆は数えきれないほどあったけれど、カリム様に兄貴のことを尋ねたのはこれがはじめてだったかもしれない。カリム様の前では、兄貴のことは兄様と呼ぶようにしていた。「ジャミルか? 元気だぞ! 今日もジャミルの飯はうまいぜ!」カリム様から返事がきて安堵する。しかし兄貴に送ったメッセージは一向に既読状態にならなかった。
ことの顛末を知ったのはそのさらに数日後だった。カリム様から、兄貴がオーバーブロットしたという連絡が入ったのだ。オーバーブロットというのは、魔力の使いすぎで魔法のコントロールがきかなくなってしまう状態を指す。エレメンタリースクールに入れば必ず習うし、入る前にも親に何度も言い含められる、絶対的な魔法のルールだ。魔力が高い人間ほどリスクが高いのがまた皮肉な話で、さらに本人の精神状態にも大きく左右される性質を持つ。精神的に未熟な若い魔法士は、もちろん大人に比べるとオーバーブロットしてしまう危険性は高い。たしかに兄貴は飄々としているように見えて、その実裏では妹を好き勝手いじめてストレスを発散するような男だが、魔力のコントロールに失敗するような男ではなかったはずだった。
「俺のせいなんだ」
電話越しに、カリム様はそう切り出した。わたしは間髪入れず「いえ、カリム様は絶対に悪くないです」と即答し、カリム様はそれに驚いたのか言葉に詰まった様子だった。
「兄貴が悪いのかどうかは知りませんが、少なくともカリム様は悪くない。絶対にそうなんです」
言ってから、カリム様の前なのに兄貴と呼んでしまったことに気がついたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。カリム様は依然として言葉を発しない。
「わたしはあなたに何度も救われてきました。ねえ覚えてますか、カリム様」
あなたにとっては些細なことだっただろうから、もしかすると覚えてないかもしれませんね。でもわたしはずっと覚えているんです。泣いてうずくまるわたしの手を引く手のあたたかさも、その軽やかな足取りも、わたしの涙を拭う指も。それだけじゃない、太陽の光を通した琥珀みたいな瞳を細めて笑った顔も、どこまでもわたしの心をとらえて離さない声も、なんでもない日常の中で見た、あなたのすべてを覚えています。
「だからわたしは、わたしだけは、何度だって言います」
もしかしたら、カリム様にも非はあったのかもしれない。人間だれしも完璧ではないから、そりゃ多少間違えることだってあるだろう。でもカリム様は近い将来、たくさんの人の上に立つお人だ。たかが間違いひとつでも、その影響力はどうしても大きくなる。カリム様は優しいから、きっとこれからたくさん苦しい思いをするだろう。それなら、わたしだけはせめてカリム様を否定せずにいたい。誰がなにを言おうとも、表向きはいい顔をしながら腹の底では悪態をつこうとも、わたしだけは心の底からカリム様を肯定する。それがわたしに与えられた役割だ。この身も、この心だって、ぜんぶカリム様のためにあるのだから。
「あなたは、絶対に悪くない」
電話の向こうで、カリム様が少しだけ笑う気配がした。「ありがとな」と、穏やかな声で告げる。一体電話の向こうではどんな顔をしているのだろう。教えてほしい。悲しいなら、苦しいのなら、わたしに少しでも分け与えてほしい。カリム様は自分がうれしいこと、たのしいことをたくさん分けてくれるけれど、わたしはそんなことでは足りないのだ。わたしは悲しいことも苦しいことも、カリム様のすべてがほしいのに。というのは欲張りだろうか。従者のくせにね。
「でも本当に、ジャミルは悪くないんだ。だからこれは、俺とお前の秘密にしよう。約束してくれるか?」
わたしがすべてを肯定しても、カリム様はそれに慢心しなかった。だからわたしも安心してカリム様を肯定できるのだ。
「はい、約束します。誰にも言いません。父様にも母様にも」
「よかったらジャミルと話してやってくれよ。俺だと、その、あんまりよくないみたいでさ」
カリム様は最後に「今回のホリデー、帰れなくてごめんな。次のホリデーは絶対帰るから、待っててくれ」と言って電話を切った。なにがあったのかは、聞かなかった。
兄貴にコールしたが、まったく出ない。この時間なら自室にいることはわかっている。寝ているのか? 留守電のメッセージが流れるたびに切ってまたかけてを繰り返す。あきらめずに何度も発信していると、「しつこい!」と兄貴が電話に出た。十五回目か、思ったより粘ったな。もっとはやく出ると思ったのに。「いま何時だと思ってるんだ? 非常識だぞ」うんざりしたような声だ。まあそうだろう、実際非常識な時間だった。それでも出てくれるんだから、笑ってしまう。
「だぁいすきなお兄様とどうしても話したくってさ」
返事くれないから寂しかったんだよ、とちょっとかわいこぶって言ってみると、兄貴は思いっきり鼻で笑った。実家での態度はだいたいこんなものである。マンカラをやっているときだって、わたしが自分の手番で石を動かすたびに悪い顔をして笑うのだ。気が散ってしょうがない。もちろんそれが理由ではないが、わたしはマンカラで兄貴に勝てたためしがなかった。
「元気そうじゃん。体調はもういいの?」
「もう問題ない」
ひそかに安堵する。オーバーブロットは最悪の場合死に至ることもあるという恐ろしい現象だ。カリム様から連絡を受けたとき、その最悪を想像しなかったわけじゃない。カリム様が最優先だけど、兄貴のことだってもちろん大事。だってわたしたちは家族だもの。
「やっぱり、ホリデーは帰ってこないとだめだよ」
「は?」兄貴はなに言ってんだこいつ、という声音で聞き返した。
「いつもみたいにマンカラやってマジフトやってさあ、わたしがドジしたら笑ってバカにして、そうしたら、こんなことにはならなかったかもしれないじゃん」
わたしと違ってすごい才能にあふれたお兄様。そのみんなに誇れるはずの能力を、カリム様の手前常に隠して過ごしていることは知っていた。そこから生まれる苦悩も。だから兄貴は、わたしだけには全力を出して遊ぶんだ。それが兄貴にとってどれだけの慰めになるのかはわからないけど(わたしには才がないから、ほんとに微々たるものなのかも)、それでも、きっとホリデーで戻ってきていたら、わたしがいたら、オーバーブロットなんか起こしてなかったはず。いくら考えたって詮のない、幼稚なタラレバの話だった。でも、そういう形で兄貴を守れるんだったら、わたし何度だって付き合うよ。
兄貴は大きくため息をついて、「泣くな」と言った。泣いてないし。わたしの涙はカリム様のためだけに流すって決めてるんだ。誰が兄貴なんかのために。「いや、泣いてるだろ」と言う兄貴の声は、いつもと違ってやわらかい響きを持っていた。
「そもそもお前は自分のことを買いかぶりすぎだ。お前がいたからってどうなるものでもない」
「うぅ~っ、そんな寂しいこと言うなよぉ」
「もはや号泣してるじゃないか」
「うるさい、わらうな! 次ホリデー帰ってこなかったら絶対ゆるさないからな。兄貴の部屋に入って好き勝手してやる」
「それだけはマジでやめろ」
寝台の下だって漁ってやるんだから。まあ、実は兄貴が学校行ってるあいだに入ったことあるんだけど、それは今は言わないでおこう。ちなみに寝台の下にはなにもなかった。あれ絶対バレてると思ってたけど、バレてなかったんだ。今度また入ろ。
「……悪かった。心配かけたな」
兄貴がめずらしく謝ったことにちょっとびっくりして、もっと怒ってやりたかったのに、「ほんとだよ」と尻すぼみな声が出てしまった。ものすごく居心地が悪い。電話の向こうの兄貴の顔はまったく想像がつかなかった。顔を見ていたら、きっと兄貴はこんなことを言わない。勝手に心配して勝手に泣いたわたしのことを、やっぱり笑い飛ばすだろう。
「あとこれは言っておかないとと思ったんだが」
「なに」
「ホリデーに帰らないことを決めたのはカリムじゃない。あれは嘘だ」
ああ、なんだそんなことか。「それはなんとなく知ってたよ」と言えば「そうか」と返ってきた。兄貴もわたしが嘘だと薄々気がついていたことは知っていただろう。最近はしなくなったけど、小さいころはカリム様がわたしの悪口を言っていたとかなんとか嘘を言っては「カリム様はそんなこと言わないもん!」とわたしから張り手を食らっていたものである(二回に一回はよけられたが)。だからこんな確認は、はたから見れば不毛なやりとりだ。でも、兄貴としてはきっちりしておきたかったのかもしれなかった。兄貴の考えていることなんてわたしにはてんでわからないが。
「ほかには? なんか言っておきたいことないの。いまならぜんぶ聞いたげるよ」
「いい。もうこっちでさんざん言ったし。それも、ぜんぶお前に普段から言ってることばっかりだ」
「あっそう」
それはそれで寂しいような気がしたけど、たぶん気のせいだ。兄貴がちょっとおかしいように、わたしも今日はちょっとおかしい。
「泣きやんだか?」
ほら、兄貴がこんなこと言うなんてやっぱりおかしいんだよ。
「だから泣いてないってば。今度会ったら覚えとけよ」
「上等だ」
「殴るのとハグするのとどっちがいい?」
「殴られるほうがマシだな」
「よーしわかった! 全力で抱きしめてやるからな!」
最後に「ばーーーーか!」と悪態をついて電話を切った。寝台に倒れこむとスマホが震えた。ちらりと画面を見ると、兄貴からおやすみと一言だけメッセージが届いていた。ふんだ、返事なんかしてやるもんか。さんざん無視されたお返しだ。
枕が濡れるのもおかまいなしに顔を押しつける。今日は一段と寂しさがこたえる夜になるだろう。明日の朝、わたしの泣きはらした目を見た両親はなんて言うだろうか。きっと理由を聞くに違いない。そうしたら、わたしはこう言うんだ。
「カリム様がいなくて寂しかったの」