金一封を差し上げます。 09
照明が落とされた部屋で、ディスプレイから発せられるブルーライトが不気味な雰囲気を生み出している。ディスプレイには複数の映像が映し出されていて、城崎コウの眼鏡に光がうっすらと反射していた。
城崎は映し出された映像のうち、地球防衛部の部室を映したものを拡大した。防衛部のメンバーが、ノートを広げた箱根有基をとりかこんでいる。一見すれば勉強を教えているようにも思える光景だが、内蔵スピーカーから流れてくる音声が、その予想を覆す。
『エヘヘ、手紙書くの久しぶりだからなんかうれしいっす。誰になんて書いたらいいんすか?』
『イオのファンの女の子に、感謝の気持ちを伝える手紙で頼む』
『なんでえんちゃんが指示してんの』
『いえ、それで大丈夫です。清書は私がしますから、だいたいの内容をお願いします』
『そんなんでいいんすか?』
『ええ。手紙の言い回しって独特でしょう? 私にはよくわからないんですよ』
『そういうことなら、張り切って書くっす!』
どうやら、箱根有基は鳴子硫黄に依頼され、ファンレターの返事をしたためようとしているらしい。
ファンレターの差出人は、狹間野女子中高等学校高等部二年二組、。この辺りでは屈指のお嬢様学校に籍を置いており、親族の情報を見る限りは一般的に「箱入り娘」と呼ぶにふさわしい。しいて気になる点といえば、彼女の友人がいささか尖った性格であるというところか。彼女も身元だけ見れば立派な名家の生まれだが、アイドルの追っかけというお嬢様らしくない趣味を持っていた。地球防衛部に興味を持ち、カレンダーを買い占めたばかりか、直接マスコミ研究会にコンタクトをとってきたのだから、その熱意が知れるというものだ。個人的にはもはや執念の域と考えている。そんな友人を持てば、が防衛部に興味を持ったとしても不自然なことではない。
地球防衛部はマスコミ研究会がプロデュースした五人組ネットアイドルだが、それはあくまでも地球向け。その実、地球防衛部とは、テレビ宇宙制作のテレビ番組「地球滅亡できるかな?2」の登場人物である。防衛部メンバーを説得するためそれらしいことを言い、実際マス研の公式ホームページでカレンダーを販売したが、本命は全宇宙の「滅かな」ファンであり、おろしたカレンダーの数も地球向けと全宇宙向けとでは段違いだ。おかげさまで「滅かな」公式グッズの売り上げは非常に好調で、ここしばらくは上司の機嫌もうなぎのぼり、文句なしの滑り出しであった。あとは本編も笑いあり涙あり、サービスシーン(主に風呂)ありの今の路線を貫き続ければ問題ないと誰もが思っていた。
ところが、の存在によってその路線が危うくなりつつある。
「なーんでプロデューサーにお伺いも立てずにファンレターに返事書いちゃうのよ。困るのよねえそういうことされちゃうと」
金魚鉢から渋い声が響いてくる。マスコミ研究会の部室には、不似合いな金魚鉢が置かれていた。その金魚鉢に住む金魚こそが、我らがマスコミ研究会の上司、もとい「滅かな2」の責任者ことヒレアシであった。ヒレアシはテレビ宇宙の社員であり、「地球滅亡できるかな?2」の制作にあたって、地球にも協力者がいるだろうということでマスコミ研究会を引き抜いた(とはいっても現状マス研の所属人数はわずか二名だ。「滅かな2」の制作は現場の人数を最小限に抑え運営されている)。
「アイドルとしてのプロ意識ってモンがないわけ? あの子たちにはさあ!」
大してめずらしいことではないが、ヒレアシが声を荒げている。機嫌が悪い証拠だ。防衛部メンバーたちが、のファンレターに返事を書こうとしていることがよほど気に入らないと見えた。
それもそのはず、先日放送された消しゴム怪人騒動には、かなり大きい反響があった。
普段眉難高校という男子校を舞台にしているだけあって、「滅かな2」においてこれまで女性キャラの登場は一切なかった。これは女性ファンを獲得するための意図的なものであり、打ち切りにあった前作の「滅かな」から踏襲しているものである。当然視聴者は女性ファンが多くを占めている状況だった。
そこに突如として現れたのがだ。彼女は奇しくも、「滅かな」シリーズ史上初の女性キャラクターとして登場してしまった。「滅かな」シリーズが生中継を軸としたリアリティーショーを銘打っている以上、女性キャラクターを登場させないように誘導するのにも限界がある。もし地球防衛部のカレンダーを地球向けに販売するのをやめていれば、消しゴム怪人を登場させるタイミングが違えば、征服部の移動ルートが違えば。いろんな偶然が重なって、はその存在を全宇宙に発信された。
SNSでは賛否両論、さまざまな意見が交わされた。声が大きいのは圧倒的に賛否の否のほう、とどのつまりこれは地球の言葉でいうところの「炎上」だった。ただ怪人の被害者だというだけであればここまでの火種にはならなかっただろう。彼女が鳴子硫黄にファンレターを手渡してしまったこと、下呂阿古哉と幼馴染であること、有馬燻とハンカチを貸し借りしたこと。ここでもまたいろんな偶然が重なってしまった。あけすけにいえば属性を盛りすぎたのだ。
ヒレアシはこの事態をかなり重く見ているようだった。個人的にいわせてもらえば、側が「ラブレター」として書いた手紙を、防衛部側が中身を読まないまま「ファンレター」とし、返事を書いている現状は正直かなりおいしい。勘違いネタは王道中の王道。このままラブコメに転向させるのも選択肢としてはアリだ。一方での存在を受け入れる声もある。男性ファンの獲得だって狙えるかもしれない。
「あのお嬢ちゃんが二度と防衛部に接触しないように、カメラの数を増やしちゃって! 監視よ監視! 女子校の風景なら需要もあるし、撮りためといて!」
あいにく、ヒレアシにそのような考えはないらしい。マスコミ研究会としては、金銭的な負担なしにマスコミ活動ができるので、ヒレアシにわざわざ逆らうことになんの益もない。カメラを増やすという指示だって、高度な科学技術をもってすればワンタッチでできてしまう。
ディスプレイに新しく教室の風景が映し出される。狭間野女子高校の二年二組の教室だ。この画面は非公開設定にしてあるため、全宇宙に放映されることはない。とその友人が、机にノートを広げている。こちらは正真正銘、勉強中と思われた。
「防衛部とあの子が接触しそうになったら、征服部を使って妨害すんのよ! いい?」
「はっ!」
威勢よく返事をしたのはヒレアシの部下、ズンダーだ。緑色のハリネズミの姿をしており、地球人スタッフではなく、テレビ宇宙側のスタッフであることがわかる。眉難高校生徒会ことカエルラアダマスを統制し、新たな怪人を生み出して番組の見せ場を作っている。征服部の前では敵の親玉らしくふるまってはいるが、彼も所詮はサラリーマン。上司のヒレアシにはどうにも頭が上がらない。現場の裁量に丸投げするずさんな指示であろうとも、上司の命令であれば返答は一も二もなく「御意」である。
実際彼らがに接触するとすれば、眉難高校の敷地外ということになろう。征服部では、あくまでも眉難高校を手中におさめることを目下の目的としている。ズンダーが急に眉難高校の外で怪人を出そうとすれば、征服部のズンダーに対する疑念につながりかねない。まあ、生徒会長の草津錦史郎はずいぶんとズンダーに入れあげているようだから問題ないとしても、行動が読みづらい残りのふたりがどう見るか……。
防衛部側よりも先にの記憶操作をしてしまえばどうだろうか。防衛部はと接触する理由を失い、今後が防衛部(厳密には鳴子硫黄)と接触しようとすることもなくなる。いや、が鳴子硫黄に惚れた要因が一目惚れである以上、鳴子硫黄の姿を視認するたびに同じことが起こり得るか。画像だって保存しているだろうし、なにしろ友人があれだ。なんのきっかけで鳴子硫黄の姿を目にするかわからない。
そこまで考えて、城崎は「まあいいか」と思い直した。テレビ番組なんかおもしろければそれでよい。日本の放送倫理にガッツリ引っかかるような内容の番組を作っているくらいなのだから、そもそもまともな感覚を求めてはいけない。防衛部側についているピンク色のウォンバットも、うちの教員ひとりを生死不明の状態にしている。どっちもどっちというべきだ。
画面の中でが苦い顔をしている。箱入り娘といえど女子高生、人並みに勉強には得意不得意があるらしい。ラブコメ路線、悪くはないと思うのだが。
* * *
郵便受けに投函されていたという手紙の差出人には、「鳴子硫黄」とあった。
「…………は?」と声が出たのは不可抗力だったが、小うるさい母に見咎められた。ポーズだけの謝罪を終えてすぐに部屋に引っ込む。何度読んでも差出人は鳴子硫黄としか読めなかった。ご丁寧に住所まで書いてある。鳴子硫黄の住所? こんなもの手にしていて許されるものなのか? 本当に?
封筒は黒地に金色の文字で箔押ししてあった。シンプルだが母がなにも言わなかったということは、悪くなかったということだろう。表にはきちんとの住所と、のフルネームが書いてある。切手はなぜか温泉まんじゅうの柄だ。わざわざ買ったのか、家にあったものを貼ったのか。どちらにせよ、封筒自体はシックなデザインだけに、切手が放つのどかさはちぐはぐした印象を受けた。
部屋のドアを背にしたまま、ずるずると座り込む。いまのいままで気がつかなかったが、ずいぶん動悸がしていた。天井を仰ぎ見て、大きく息を吐いた。顔が熱い。まさか本当に返事がくるなんて。
「よかったじゃない、悩んで書いた甲斐があって」
学校で会う友人は凪のように冷静だった。どうしたら彼女を驚かせることができるのだろう。彼女の感情を揺さぶることができるのは、推しと、ある意味ではマスコミ研究会の城崎だけなんじゃないかと思われた。
「言いたくなかったら言わなくてもいいけど」と友人は前置いた。「中身はなんて書いてあったの」
「……ま、まだ開けてない」
「まあ、心中は察するわ」
手紙は鍵付きの引き出しの中に封をしたまま入れてある。鍵がついた引き出しなんて、一体なにを入れるのだろうと思っていた時期もあったけれど、家族にも見られたくないものが実際に存在したので存分に活用させてもらった。普段は鍵をかけないままごちゃごちゃと文房具類を入れていたが、いまはすべて取り出し手紙だけが入っている。しっかりと鍵をかけ、鍵は財布の中に忍ばせた。
「だって、もし『今後は眉難高校周辺をうろつかないでください』なんてぐうの音も出ない正論が書いてあったらすごい傷つく……」
「なんの心配してんのよ。そんなこと書くなら鳴子硫黄名義で出すわけないでしょ。あってマスコミ研究会じゃないの?」
「たしかに、それはそうかも」
の行為を迷惑行為だと考えているのであれば、鳴子硫黄の名前で手紙を出すのは逆効果だ。推しから返事がくるなど、迷惑行為を肯定しているようなものだろう。たとえその行為を諫める内容だったとしても、だ。
「律儀に個人名で手紙を出すくらいだから、のことを好意的に受け取っているか、もしくは丁重なお断りかのどっちかでしょうね」
「ぎえ……」
当たり前の事実を認識して、は奇妙な声を発した。あんまりな二択だったが、どちらにせよ返事を読まなければなにもはじまらない。
諸々の感情を飲み込み、意を決して開けた手紙には、丁寧な文字で感謝の言葉が綴られていた。否定的な空気は微塵も感じられず、むしろ肯定の手紙と受け取るべき内容だ。さらに驚くべきは、手紙の最後に書かれたアルファベットの羅列である。はじめは意味がわからなかったが、考えた末にこれはメッセージアプリのIDだろうと気がついた。
には鳴子硫黄の意図がわからなかった。いや、IDを書いているということは返事をこれ宛によこせということなのだろう。それはさすがににも理解できる。事実が理解できることと、事実を受け入れることはまったく別だ。あの鳴子硫黄が、異性への手紙にIDを書くだろうか。わたしはなにか騙されてはいないだろうか?
「はあ? んなこと言ってないでさっさとID検索してメッセージ送りなさいよ」
学校で会う友人はなぜかメッセージアプリでのやりとりに乗り気である。
「完全に他人事じゃん……」
「他人事? そんなわけないでしょ。私は由布院煙から同じようにされたら即メッセージを送るわ」
「メンタルが強すぎない?」
「お返事待ってますなんて書いてきたファンに対して感謝の言葉とメッセージアプリのIDでしょ? 脈ありでよかったじゃない。だからさっさと送れっての」
「えっなに、もしかして怒ってるの」
「怒ってない。少なくともあんたには怒ってない」
またなにかマスコミ研究会と一悶着あったのだろうか。煮えきらないの態度にイラつきはじめているようだ。
しかたがないので、その場でIDを検索してみる。検索するのははじめてではなかった。何度も検索しては「鳴子硫黄」というユーザー名に怖気づいて、とてもじゃないが友達追加なんかできない状況が続いていた。は友人ほどメンタルが強くないのだ。
「あれ?」
いつもどおり「鳴子硫黄」というユーザー名が表示されたが、プロフィール画像がいつもと違っていた。この前までの画像といえば、どこかのフリー素材サイトから保存してきましたといわんばかりのシンプルなドルマークであり、まかり間違っても蔵王立との自撮りツーショットではなかったはずだ。蔵王立は右手でスマホを持ち、左手を鳴子硫黄の肩に回している。鳴子硫黄はどこかいやそうな表情でカメラから目線を逸らしているようにも見えるが、プロフィール画像にするくらいだから、まんざらいやというわけでもなかったのだろうか。
「モノホン確定ね」
「こ、こここここれ保存するにはどうしたら」
「友達に追加しないとできないわ」
「なんだってー」
ぽちー。
こうしては、鳴子硫黄と友達になったのだのだった。
『こんにちは。です。鳴子硫黄さんですか?』
友人にはやくはやくとせっつかれながら、翻訳サイトを通したような文章を打ち込む。なにかの陰謀を感じないでもなかったが、いまは考えないことにした。