嫌いなわけじゃないんですけど(好きでもないはず)

※監督生
※お友達のあくたさんの作品をリメイクしたものです。元作品「嫌いなわけじゃないんですけど」はこちらのサイトから読めます。

 デュースに「監督生はブッチ先輩と仲がいいよな」と言われて、果たしてそうだろうか、と考えた。仲がよい、というのは一般的にいまみたいな、寮にきて一緒に宿題やってるようなこういう状況を指すのではないかと思うのだが。
 せっかくだから寮でお菓子でもつまみながら宿題をやりたいと言い出したのはエースで、よほど放課後の空き教室で黙って宿題をするのが苦痛だと見えた。まだはじめて三十分も経っていないのに、ちらりと見えたノートにはすでに落書きがしてある。デュースはやる気はあるが体がついてこないようで、いまにも眠気に負けそうな顔をしていた。グリムはすでに寝ていたので論外だ。なんだ、唯一まじめにやっていたのは自分だけか。みんな大したことないな。まあ、自分もノートは白紙なんだが。いやこれはマジでわからん。ヘンな名前の植物が多くて魔法薬学は苦手だ。
 この宿題は明日までに終わらせる必要があった。提示されたのは一週間前だったが、全員揃いも揃って今日までなにもしていなかったのである。そして全員が全員、やっていなかったのではなく忘れていただけだと主張していた。全員が忘れていれば今日まで誰もやっていなかったのもしかたがない。むしろ今日思い出したことを褒めてもらいたいものだ。
 個人的には寮のような生活空間で宿題が捗るとも思えなかったが、グリムもデュースもエースの提案に賛成したためついていくことになった。お前ら絶対お菓子食べたいだけだろ。まあでも、トレイ先輩が偶然大量にお菓子作ってたらいいな、とは思う。他寮の生徒が勝手に入ってもいいものなのか疑問に思いつつ、「まあ監督生なら大丈夫だろう」と彼らがいうので、信じることにする。お前ら、リドル先輩が怒りだしたら盾にするからな。
 購買部でお菓子を適当に選んでハーツラビュル寮へ向かった。エースとデュースの部屋にでも行くのかと思ったら談話室でやるつもりだったらしい。「談話室だと先輩たちが通りかかっていろいろ教えてくれたりすんだよね」というのがエースの言い分で、なるほどエースらしい立ち回りだったが、このやり方だと上級生になったら困りそうだなと思った。最終的に後輩に頼るエース・トラッポラ(三年生)の姿を夢想しながら、宿題を各々広げはじめる。お菓子の袋も開ける。トレイ先輩は部活に行っていて不在のようだ。もちろん目的は宿題だからいなくても困らないが非常に残念だ。トレイ先輩のお菓子が食べられないだなんて。談話室ではハーツラビュル寮生が思い思いの時間を過ごしている。談話室なのでおしゃべりにいそしむ者もいて、そこそこざわついていた。周囲がざわついていると、自然と我々もおしゃべりをしてしまう。
 そこでデュースの口から出てきたのが冒頭のとおり、「監督生はブッチ先輩と仲がいいよな」という発言だった。
「仲がいいっていうのはこういう状況のことを言うんじゃないの」
「たしかに……?」
 現に先ほど通りかかったケイト先輩は「一緒に宿題? いーね、仲良しで。一枚写真撮っていい?」と言って写真を撮っていった。「自分リテラシー的にマジカメに写真はNGっすよ」と伝えると「え~~~!? モザイクかけるから! ね、いいでしょ!」と食い下がられた。自分の顔にモザイクがかかっている画像がちょっとおもしろかったので許可してしまったが、よく考えたらエースとデュースとグリムとモザイク人間が写ってたらモザイクの意味皆無では? 特定班出動するまでもなくない? やられた、ケイト先輩に謀られた。そもそもこういうのってモザイクじゃなくてかわいいスタンプとか押さない? モザイク処理は映えなくないすか?
 彼らと比べると、ラギー先輩とは寮も違えば学年も違うのだし、仲良しという関係性は不適切なんじゃないだろうか。いや知らんけど。
「でもたしかに、よく休み時間につるんでるよな」
「廊下とか食堂とかな」
「こないだミニあんぱんひもじそうに食ってたときってラギー先輩絡みだったんだっけ?」
「思い出しちゃうからその話するのやめてもらえる!?」
「怒りだしたんだゾ」
 そりゃ怒りもする。忘れもしない、それこそラギー・ブッチにまんまと謀られたときのことである。てかそもそもお前らが逃げたのも原因のひとつなんだが!? なに都合よく忘れてくれてるんですか? こんな薄情な奴らと仲良しなんて言われてたのかと思うと怒りに打ち震えるな。いやもちろん仲はいいんだけどさあ。なんだろうこの納得いかない感じ。わかってくれる?

 ラギー先輩に話しかけられるときは総じてヤツが面倒なことを抱えているときだ。そのときもレオナ先輩に大量のおつかいを頼まれていたらしく、これから購買の列に並ぼうという自分にヤツは話しかけてきた。げ、と思ったときにはもう遅く、エースもデュースもグリムも危機を察知していなくなっていた。ラギー先輩に無理やり金を握らされ、拒否しようにも先輩はあれでも運動部で力が強く押し返すこともできなかった。「早くしないとレオナさんが不機嫌になっちゃうっスよー」とあれやこれや買うものを告げられ、これがまた大量の注文で、聞き取るのだけで精いっぱいだった(今思うとこれラギー先輩本人の分も入ってたな。時間差で腹が立つ)。手をひらひらさせながら購買の人混みを離れていく背中に「ラギー・ブッチ今に見てろよ!」と捨て台詞をぶつけたが無視された。まあ、こんなことで振り返るような人だとも思っていないんだが。人混みをかき分けなんとか買い物を済ませたが、結局自分の分を買い忘れたのだった。ラギー先輩は無慈悲にもあわれな後輩を笑い飛ばし、パンを回収していった。もっとなんかないのか!? 自分はなんかやるたびに毎回対価を要求するくせに!? 売れ残りのミニあんぱんをもそもそと頬張る昼食のなんとわびしいことか。ラギー先輩とミニあんぱんといえば、グリムも似たような目に遭っていたことを思い出す。なるほど、ラギー・ブッチにかかわると昼食がミニあんぱんになるというわけだ。ははは。いや~……マジで覚えてろよラギー・ブッチ。
 やられっぱなしでいるのもむかつくので、自分も面倒なことがあれば積極的にラギー先輩に押し付けていくようにしている。たとえば、オクタヴィネルのフロイド先輩に見つかってしまったときとか。フロイド先輩は、見つかるとめんどくさいというより単純に命の危険を感じるから避けている。ただ、避けられると余計気になるたちのようで、逃げると追いかけてくるのだ。いざ走ると足が速いので非常に困る。あの巨体に追いかけられてみろ、マジで恐怖でしかない。だから、見つかってしまったときは自分が逃げるよりも、なにかほかに興味の対象を作ってやることがなによりも重要である。何度かフロイド先輩に捕獲され遊ばれた末に見つけ出した、フロイド先輩対策であった。
 ラギー先輩にまんまとはめられた日の夜、食堂へ続く廊下でフロイド先輩に見つかりなんとか注意を逸らせないかと周囲を見て、ラギー先輩をとらえたときは「しめた!」と思ったね。天才的なタイミングで現れてくれたラギー先輩に感謝の念すら覚えた。いやそれはウソだわ。昼間の件の仕返しができることにテンション爆上がりだったわ。大声でラギー先輩の名前を連呼しながら手を大きく振ると、ラギー先輩が「ゲッ」という顔をする。後に見ていてくれたなラギー・ブッチ。フロイド先輩は目論見どおりラギー先輩の姿に興味を引かれたらしい。気をとられている隙にそっとその場を抜け出し、無事に夕食にありつくことができた。最高にいい気分だった。こんなにご飯がおいしいなんて! いやこれは昼間ほとんど食べれてないせいだな。
 夕食を噛みしめていると、目の前の席にラギー先輩が座った。心なしか耳に元気がない。あとクソデカため息をつかれた。「君のせいでとんでもない目にあったッスよ……」内心ザマーミロと舌を出しながらパスタを口に運ぶ。これで少しは人の気持ちがわかったんじゃないですかね。ラギー先輩がムッとして、ちょっと聞いてるんスか、と身を乗り出してくる。あーあー聞こえない。いまはパスタ食べるのに忙しいんです。ラギー先輩はあきらめたかのように見えたが、反応がないのをいいことに恨み節を延々語っていた。は~~~~他人の不幸で飯がうまいな。

 とまあこのように、ラギー先輩と自分のあいだには面倒ごとの押し付け合いという名の小競り合いがほぼ毎日勃発しているわけだ。これをもって仲がいいと評されるのは正直解せない。むしろ犬猿の仲といってほしいくらいだ。もちろんラギー先輩が犬である。ハイエナだから。ハイエナが犬なのかどうかは知らんけど。
「喧嘩するほど仲がいいっていうしねー」
「それを言い出すとエースとデュースもしょっちゅう喧嘩してるけど」
「はあ!?」エースとデュースは同時に声を上げ、異議を唱えはじめた。そういうことだぞ。
「お前たち、ずいぶんにぎやかだね。見たところ宿題をしているようだけど、ちゃんと進んでいるのかい?」
 そこにリドル先輩が通りかかって、しっかりと白紙のノートを咎められてしまった。ハーツラビュルの談話室にいることについてはなにも言われなかった。


 購買部に買い出しに行こうと思ったら、途中でラギー先輩と鉢合わせた。お互いムッとした顔をして、憎まれ口をたたきながら歩き出したところしばらくラギー先輩がついてきて、「ついてこないでください」「アンタがついてきてるんスよ」などと言い争ううち、どちらも目的地が同じであることを察した。これ以上のやりとりはもはや不毛の極みだったが、不毛でもやめられないのが人の性。というか、別に本気で喧嘩をしているわけではない。ラギー先輩がどう思っているのかは知らないが、面倒ごとさえ押し付けてこなければ、普通に楽しい人だ。「それはオレも同意見ッスよ」と言われ、声に出ていたことにはじめて気がついた。
 ラギー先輩はいつものごとくレオナ先輩のご要望で駆り出されているようだった。購買部までやってきて買い物を済ませると、自分もラギー先輩もずいぶん大荷物になっていた。グリムのリクエストで大量購入したツナ缶で左手がギリギリと絞められている。本当はグリムに買い出しを任せたいのだが、お察しのとおり彼に任せるとろくなことにならない。結局自分でやったほうが圧倒的に楽なことはこれまでの失敗から学んでいた。ラギー先輩に「重そうッスね」と言われ、「まあ見ての通り重いです。ラギー先輩こそ重そうですね。大丈夫ですか」と返す。ラギー先輩の力が強いことは頭ではわかっているが、腕が細くてちょっと心配になるのだった。
「大丈夫じゃないッスね! 思ったんスけどそんなに重たかったらもう少し荷物増えても変わんないんじゃないッスか?」
「は?」ラギー先輩が持っていたこちらに荷物を押し付けようとする。「ちょっとやめろ! 重いわ!」
 思わず敬語を使うのを忘れて叫ぶ。ラギー先輩の手を押し返そうにもやはりできなかった。こんなに力強いなら絶対持てるだろふざけんな! 自分で持てラギー・ブッチ!!
「そんなに持てないですって! 見てくださいよいまにもちぎれそうなこの指! かわいそうだと思わないんですか!?」
 必死に拒否すると、残念ッスねえとラギー先輩は拍子抜けなほどあっさりと離れていった。ぜんぜん思ってなさそうな声だ。ほっとして手元を見ると荷物が消えている。あれ? ラギー先輩?
「え、ちょっと、返してくださいツナ缶」
「んー、なにがッスか?」
 ラギー先輩はなんでもなかったかのように歩き出す。え、スられた? いやこんなに目の前で堂々と行われるスリがあってたまるか。そもそもあんな大量のツナ缶をスる意味がわからない。でもラギー先輩ならツナ缶でも立派な食糧になるか。「重くないですかそれ」と尋ねると、「重いッスよ。見ての通り」と返ってきた。そりゃそうだ。わかりきったことを尋ねてしまった。重いのはわかりきっているが、ラギー先輩の考えはまったくわからなかった。
 鏡の間までやってきた。てっきりここで別れるものだと思っていたので、荷物を返してもらおうとしたのだが、ラギー先輩はそのままオンボロ寮につながる道へ歩みを進めていく。えっなんで!? あわててその背中を追いかける。
「ラギー先輩道間違えてますよ!」
「間違えてないッスよ」
 ラギー先輩はこちらを振り返ることもなく答えた。その声にはなんの感情も乗っていない。すました様子だ。え、もしかして本当に荷物を持ってくれている? あの、あのラギー先輩が? 絶対ないと思っていた可能性がいよいよ現実味を帯びてくる。この期に及んで確信を持つには決め手に欠けているのが、冷静に考えるといっそ笑えた。状況的にはどう考えてもそうなのに、相手がラギー先輩というだけで信じることができないでいるのだった。どうしても信じたらいけないような、そんな気がする。
 ほどなくしてオンボロ寮にたどりつく。いつ見てもボロいッスねえ、と言いながらラギー先輩が入ろうとするので、ハッとして玄関の扉を開けた。老朽化した扉がギイイ、と大げさに悲鳴を上げる。ラギー先輩はどーも、と言って寮に入り、廊下に荷物を置いた。え、ほんとに置いたぞこの人。なんで? たとえば荷物を返してもらおうと思ったら見返りを求められるとか、そういう展開だったらいくらでも予想できたけど、これは自分の予想の中にはない。こんな風にただ優しくされるなんて、そんなのおかしいじゃないか。ただ顔を見たら雑に絡んで、なにか面倒ごとがあれば押し付けあうだけの、ただの先輩後輩のはずなのに。ラギー先輩との関係は、そうじゃなきゃおかしいのに。
「んじゃ、オレはこれで」
 ラギー先輩は自分の分の荷物を持ち直し、オンボロ寮を出ていった。ラギー先輩のために押さえていた扉を閉めて、大きく息を吸いこむ。
「そ、いうところだぞラギー・ブッチ!」
 ゴーストたちがびっくりするだろう大声で言ったあと、あ~~~~~、と言葉にならない声を上げながらずるずると座り込んだ。もはやラギー先輩にも聞こえていたかもわからない。もうそんなん知るか。ゼロ対百でラギー先輩が悪いのだ。
 このあと、荷物を確認したらツナ缶が一つなくなっていてもう一度叫ぶはめになった。本当に! そういうところだぞラギー・ブッチ!