パズル


 はじめて送るメールになにを書いたらいいのかわからなくて、かれこれ十五分ほどベッドの上をごろごろしている。
 彼のメールアドレスはどうやら契約したときのままのようで、ランダムにアルファベットと数字を羅列したものだ。いかにも彼らしいアドレスで、笑みが浮かんでしまう。それに比べてのメールアドレスはいたって普通だった。名前と、誕生日。あとは携帯会社の名前を含むドメインをつけたら完成だ。が通う高校は表向き携帯を持ってきてはいけないことになっている(とはいえ、親と連絡をとりあうのに必要だから、みんな持ってきているし、先生たちも黙認している。授業中に見つかったら大目玉だが、放課後に使用する分には問題なかった)から、交換といえば紙に書くことが多かった。だから簡単なアドレスがいいのである。彼のようなアドレスだったら、いちいち紙に書くのは大変だ。
 赤外線で交換するのははじめてだったから、あわててもたついてしまった。彼はめんどうに思ったのか、から携帯をとりあげて、ぱっぱと交換を終わらせた。「はい」と携帯を渡される。
「確認して」
 アドレス帳を開いて、ア行を確認する。「『あ』じゃない、『や』。由布院」彼は画面を覗きこみながら言った。そうか、と思う。改めてヤ行のページを見ると、たしかに由布院煙の名前があって、まじまじと見つめてしまった。煙もまた自分の携帯にのメールアドレスが入っていることを確認していたらしく、顔を上げると目が合った。
「どこ行く予定だったんだよ」
「え、今?」我ながらアホな聞き返し方だった。煙が「うん」と言ったので、そのまま続ける。
「コンビニ。お菓子買いに行こうと思ったら、お母さんにおつかい頼まれちゃって」
 煙は限りなく興味なさそうな声で「ふうん」とつぶやいたが、「俺も行く」と言ったので、驚いて「え!?」と声を上げてしまった。
「アイス食いたくなった」
 そう言われては一緒に行くしかない。最寄りのコンビニではスナック菓子とペットボトル飲料、それから母に頼まれていた醤油を買った。煙は二人で分けられるタイプのアイスを購入していて、片方をにくれたので、二人でアイスを食べながら帰った。アイスを食べているときは、無理に話をする必要がない。なんとなく安心だった。
 家の前で「じゃあな」と別れたあと、母に帰りが遅かったことを心配された。煙に会った話をするかどうか迷って、結局やめた。

 メールの文面に迷っているうちに、煙からメールがきた。「おやすみ」のただ一言だけだったけれど、それでも煙のイメージとはほど遠い気がする。の知っている煙は、筆まめとは対極に位置する男だ。は「おやすみ」と携帯に打ち込みながら、明日の朝、起きて携帯を見たら煙から「おはよう」メールが届いていたらどうしよう、などと考えていた。まあ、それはないか。半笑いで送信ボタンを押した。
 翌朝、さすがに煙からメールは届いていなかった。おそらく、そもそも起床時間が違うのだろう。身支度をはじめる前に「おはよう」とメールを送ったのだが、返事はなかなか返ってこなかった。学校に向かう電車に揺られていると、「起きんのはやすぎ」というメールを受信した。時刻は八時。煙の起床が遅すぎるのだ。眉難高校までは徒歩十五分ほどだろうから、ホームルーム開始の約三十分前に起床している計算になる。小学生のころの煙は遅刻癖がひどかったので、むしろ遅刻せずに起床できているだけえらいといえなくもない。
 は県内でもそこそこ頭がよいとされている進学校に通っている。ゆえに、学校生活は勉強が中心だ。特に三年生はすでに高校で学習すべき内容を終え、受験対策の授業が続いていた。授業が始まってしまうと携帯をさわることができないので、煙からのメールを確認できたのは日も暮れかけたころだった。
 メールに「今から部活」と書いてあったので、は非常に驚いた。煙が部活に参加している姿がまったく想像できなかったからだ。小学校、中学校と、たしか煙は帰宅部を貫いていたはず。一体どういう風の吹き回しで部活に入ったのだろう。名前だけで実際は幽霊部員というのであればまだ納得はいくのだが。詳しく話を聞いてみると、どうやらただ放課後各々好きに過ごしたり雑談するという、そんなことで申請が通るのか不安になるような部活らしく(実際しばらく無申請で活動をしていたようである)、は勝手に納得してしまった。
 メールができるのは、学校が終わってから夜就寝するまで。起床時間も、学校が終わる時間も違うので、煙とが直接顔を合わせることはほとんどなかった。
 あんなに昔と違うことに驚いていたけれども、メールのやりとりをしていると、昔と変わらない部分もあることに気づかされる。相変わらず人生におけるスタンスは省エネだし、好物は温泉まんじゅうとカレー。でも、昔に比べると、ちゃんと辛口のカレーも食べられるようになったようだった。大人が食べる辛口のカレーを一口もらっては、渋い顔をしていた煙はもういない。
 自身はどうだろうか。小学生のころはバスケ部に入っていたけれど、中学でやめた。高校に入ってすぐのころは友人に誘われて合唱部に入ったけれど、それもすぐにやめてしまった(友人は継続していたが、このほど引退した)。友人に誘われれば外出もするけれど、基本的には勉強漬けの生活。ひとりでカフェに行って勉強するのは好きだ。少しくらい人の目や雑音があるほうが集中しやすい。
 昔は人に世話を焼くのが好きだった。は一人っ子だから、弟や妹がほしかったし、下の学年の面倒をよく見ていたのも、そういう理由からだ。世話焼きで面倒見のいいお姉ちゃん。小さい頃は大人にそう褒められて、よい気分でいたものだったけれど、今ではすっかりそういう気質はなりをひそめてしまった。人に世話を焼くことを、「お節介」と呼ぶこともあるのだと、知ってしまったのだ。


 が世話を焼いてきた対象はさまざまあるが、中でもおはようからおやすみまでに近い形にまでなっていたのが、誰あろう由布院煙だった。なにしろ煙は、の記憶する限り、どこまで記憶をさかのぼっても省エネを貫いていた。朝は寝汚いし、ご飯を食べるのもお風呂に入るのも外に出て遊ぶのも、なにもかも面倒がっていた子どもらしからぬ子どもだった。つまり、人に世話を焼くことを覚えたにとっては、格好の餌食だったのである。煙の面倒を見ることは、買ってもらったお人形さんに世話を焼くよりも、に満足感を与えてくれた。
 煙とが小学生に上がり、の世話焼きな性質はさらにエスカレートした。なにしろ、学校という社会生活において、煙の面倒くさがりな性質もさらにエスカレートしたからである。まず朝起きないので遅刻する、寝癖を直そうとしない、靴もちゃんとはかないのでかかとを潰す、もらったプリントをそのまま机に突っ込むので中がぐちゃぐちゃ、そして持ち帰らない。数えあげればきりがないが、おおむね煙の学校生活はそのように回っていた。だからは、朝は煙の家まで煙を迎えに行き、靴をちゃんとはくようしつこく指導をし、煙の寝癖を押さえながら学校へ行き、さすがに授業中はどうしようもなかったが、机の中を定期的にチェックし、家に帰ったら煙と一緒に宿題をやった(無論、一人にしておくと煙は絶対に宿題をやらないからだ)。しまいには、煙に渡す分のプリントはに渡したほうが確実だということが教師のあいだで常識になり、は二人分のプリントを持ち帰るようになった。
 はそれを面倒だと思ったことは一度もなく、むしろ誇らしいようなうれしいような、そういう気持ちさえあった。その頃には、の世話を焼く対象は、煙だけでなくほかの生徒にまで広がっていた。小学校といえば、さまざまなものが人よりも遅れる生徒が出るもので、は積極的にそういう生徒の世話を焼いた。通信簿には毎回の世話焼きを褒める先生からのコメントが載った。お母さんにも褒められて、はこれからも煙やほかの生徒を支えていこうと思ったものだった。
 中学に上がると、一学年のクラス数が増え、煙とはクラスが離れた。は煙のことが心配で心配でしかたがなかった。煙はがいないとなんにもしないのだ(できないわけではないことを、は知っている)。
 ――――わたしがいないあいだ、煙はちゃんとしているだろうか? 教科書は? 今日は体育の授業があるよ、体操着は持った? 上履きのかかとは踏んで歩いたら危ないよ。授業参観のプリントは? 宿題はやった? わたしがあれもこれもやってあげないと。
 そんなことを考えて、は煙のクラスに足繁く通っていた。幸いにして、二人と同じ小学校から上がってきた生徒が多かったので、の行動を不審がったりする生徒はほとんどいなかったが、あとから振り返ると、あれはもはやつきまといに近い行動だったと思う。
「いい加減、ウザいんだけど」
 だから、煙に面と向かってそう言われたのも、しかたのないことだったのだ。

 はその翌日、煙の家にも、煙のクラスにも行かなかった。なんとなく、イヤだと思ったのだ。昨日の煙の表情だとか、声だとかを思い出すと、震えるような心地がした。もちろん煙を心配する気持ちもあって、その日は一日そわそわしていた。
 煙とかかわらない一日を過ごしてみて、は周囲が小学生のころとはまったく違うことに気がついていた。なんだか全員、大人びて見えるのだ。小学生のころ、がなにくれと世話を焼いていた子もクラスにはいた。がついていないと、なかなかほかの子に話しかけられない子もいたし、宿題がうまく片付けられない子もいた。それがどうだろうか、が煙に気をとられているあいだに、ちゃんと友達をつくって、勉強もきちんとついていけている。はその事実に驚くと同時に、いままでそれに気がつくことができていなかった自分にも驚いた。はじめて自分をかえりみて、周囲に置き去りを食らっているような気がしたのだった。
 煙もきっとほかのクラスメイトたちと同様、の手がいらなくなったのだろう。それは喜ばしいことのはずだ。弟の成長を喜ぶ姉にならなくてはいけない。なのに一体なんなんだろう。この胸がひりつくような感覚は。
 その後もしばらく、は煙の家やクラスに足を運ぶのをやめた。もともとは朝家を出るのも早かったし、寝汚い煙と登校時間が重なることもなく、意外に思うほど顔を見ることはなかった。HRの時間に廊下を通る煙を見かけるようなこともなく、煙はギリギリではありつつも、始業の時間に間に合うように起床し登校できている様子だった。下校時に下駄箱で鉢合わせたこともあったが、煙は成長期を迎えたのか周囲と比べて身長も高く、遠目で存在を確認できたので、それとなくタイミングをずらして会うのを避けた。クラスに友人もいるようで、大抵は知らない男子と下校していた。小学生のころは煙の友人などついぞ見かけたこともなかったが、よく考えてみれば、四六時中と一緒にいたからだと思い至り、再びあのひりつくような感覚がした。きっと、煙に対して申し訳ないと思っているのだ、とは結論づけた。
 は小学生のときと同じバスケ部に所属していたが、なんとなく足が遠のき、結局退部届を提出した。先生からもらった退部届には理由を記入する欄がある。はこの気持ちをうまく言葉にはできなかったし、仮に言葉になったとてここに書いていいことではないと理解していた。結局、「勉強がしたいから」と書いた。それを親に見せて、ハンコをもらった。父は不思議な顔をしていたが、母は「そんなに勉強したいなら塾でもどう?」と言い、あれよあれよと塾通いが決まった。さらに煙とは会わなくなった。
 が退部届を出したことを後悔するとすれば、塾で使用するテキストによってかばんが三割増しで重くなったことくらいだった。もともと勉強は嫌いではなかったし(人に勉強を教えるには、自分も勉強ができなくてはいけなかった)、バスケに大して思い入れがあったわけでもなかった。
 煙と会わなくなって、煙以外の同級生と話す機会が増えた。中にはと同様塾に通っている子もいたが、だいたいはいやいや通っているようだった。週末遊びに行こうと誘われることもあったが、あまり応じなかった。応じないに「なんで? 行こうよ!」と食い下がるクラスメイトが、過去の自分のように見えて居心地が悪かった。彼女にはなにも非はないのに。
 重たいかばんを肩にかけ、下駄箱へ向かうと、煙の後ろ姿が見えた。隣にいるのはクラスメイトだろう。あまりほかのクラスの生徒には詳しくなかったから、名前まではわからない。横顔がちらりと見えた。眼鏡をかけていて、おとなしそうだ。煙は彼と笑いながら学校を出て、と同じ方向へ歩き出した。家とは違う方向だ。は塾へ向かうが、彼らはどこへ行くのだろう。彼らのうしろを歩くのはいやだったが、塾の授業の時間が迫っていたので、しかたなく背中を見ながら歩いた。
 通っている塾に近くに、カレー屋があることをはじめて知った。店の入り口で「おー、ここだここだ」「メニューあるよ。どれにする?」と、煙とその友人が話している。は不自然だとは思いながら、立ち止まって二人を眺めた。横を通りすぎる勇気がなかったからだ。煙はショーウインドウに並んだサンプルを見て、あれもいいこれもいいと迷っていた。隣の友人は「ゆっくり決めなよ」と笑う。
 の知る煙とは、まるで別人のようだと思った。と一緒にいる煙は、あんな笑い方をするだろうか。あんなに楽しそうに物事に接するだろうか。今までと一緒にいた煙は、一体どんな表情をしていたのか。思い出そうとしても、もやがかかったように見えなくなっていた。
 なんてひどい思い上がりだったんだろう。煙にはわたしがいないとだめだ、なんて。煙はがいなくても、いや、むしろがいないほうがずっと楽しそうに笑うのだ。そりゃあ、いい加減ウザいと言われてもしかたがない。煙と一緒に遊んで楽しかったはずの記憶も、いまとなっては煙の腕を引き無理やり連れまわしただけの、傲慢な記憶だった。幼くて、傲慢で、自分勝手なわたし。自分ひとりで、勝手に煙のためになると思い込んでいたのだ。煙のためだなんて嘘。ぜんぶ自分のためだ。わたしが気分よくなりたいがため、わたしが優越に浸りたいがため。
 わたしが、煙を独占したいがためだ。
 恥ずかしくって死にそうだ。なにが煙にはわたしがいないとだめだ。どの口が言ってるんだ。どう考えたってまるっきり逆じゃないか。
 気がついてしまった。わたしが、煙がいないとだめなんだってこと。
 
 その日は塾に行かずに家に帰った。体調が悪いと言って自室にこもり、ベッドのうえで泣いた。だってもう、どうやったって今日見たあの友人みたいに、煙の隣に行くことはできないのだ。わたしはあの人にはなれない。そのときは強固な確信に縛りつけられていた。
 それから、は勉強一辺倒になった。学校でも塾でも家でも、熱心に勉強した。勉強面でクラスメイトに頼られることが増えたが、口を出しすぎていやがられやしないかと、気が気ではなかった。結局煙は男子校の眉難高校に進学したので、高校が同じになることはなく、安堵したのを覚えている。が進学した高校は進学校で、中学からの同級生は数人しかいない。昔に比べておとなしいのことを不思議に思うクラスメイトはいなかった。登校するときも下校するときも、煙とは顔を合わせなくなった。
 これでいい。煙はわたしがいなくたって大丈夫。わたしも、煙がいなくてもやっていける。時間が経ってしまえば、きっと。


「お前、俺がいないとだめなんだろ」
 だから、煙にそう言われたときは言葉を失うしかなかった。
 本当に偶然、帰宅時間が重なって、家の前で煙と顔を合わせた。すぐに顔を背けて家に入ろうとしたが、煙に肩をつかまれて阻まれた。驚いて煙の顔を見ると、なにか言いたげな顔をしている。「あのさあ」と、久しぶりに聞いた煙の声は記憶よりも低い。顔立ちもずっと大人びていた。心臓がどきりとする。
「こないだ、ショッピングモールにいただろ」
 先週の土曜日のことだろうか。たしかに高校の友人にお母さんの誕生日プレゼントを選びたいから、ということで誘われてショッピングモールに行った。普段学校の外で遊ぶような友人ではなかったのだけれど、そろそろプレゼントのレパートリーが尽きたから、いつもは遊ばない人と選びたいという話だった。「そんなに目新しいプレゼントは選べない」と一度は断ったのだけれど、押しの強い友人だったので断り切れなかった。結局プレゼント選び以外にもいろんなところに連れまわされたのだが、元来は彼女と同様活発な性質だったので、わりと楽しめていたように思う。
「そ、そうだけど……どうしたの」
 おそるおそる尋ねると、煙は眉根を寄せる。どうしてそんなにこわい顔をするんだろう。
「お前、俺がいないとだめなんだろ」
 息をのむ。どっと冷や汗が出たのがわかった。忘れたはずの記憶を掘り起こされる感覚。
 忘れたはず? いや、忘れたつもりでいただけだ。はずっと覚えている。だって大事な思い出なんだ。ただ、思い出すと苦しいだけ。楽しかった日を思い出すには、苦しいことも同時に思い出さなくてはいけない。厳重に蓋を閉めてしまいこんでいたそれを、簡単に開けられる人間が、いま目の前にいる。煙はの首に手をかけたも同然だった。
「俺がそばにいないから、そんなふうになってるんだろ。いつもみたいに、笑ってないんだろ」
 いつもみたい、ってなんだろう。の「いつも」は、もうとっくの昔に変わってしまった。煙だって知っているはずだ。の「いつも」を遠ざけたのは煙なんだから。遠ざけようとしたから離れたのに、どうしてまた元に戻そうとするの。
「やめて」
 悲痛な声が出た。もうなにも聞きたくなかった。ぜんぶ知ってる。知ってるからなにも言わないで。わざわざ突きつけないで。
 の声に煙がひるんでいる隙に、家の玄関に飛び込んだ。待てとか聞こえた気がしたけれど、耳をふさいで聞こえないふりをした。急に大きな音を立てて帰ってきたに、母が驚いている。どうしたの、と問われて「なんでもない」と答えて息を整えた。さすがに追ってはこないだろう、煙は面倒くさがりだから。こんなことでわざわざ出直してくるとも思えない。そこまで考えてやっと安堵を覚え、大きく息を吐く。
 わたしはこのままでいいんだ。煙もあのままでいてくれればいい。いつか、わたしが笑顔で話せる日がきたら、そのときは笑い話にしよう。わたしのお節介焼きも、煙に疎まれてしまったことも。そんなこともあったねって笑うには、まだもう少し、時間が足りないんだ。だから、お願いだから、そっとしておいて。

Back